バッハ・ページ最終仕上げのために小学館版『バッハ』全集編集長・大原哲夫さんの事務所へ。
さすが大原さん、締めるところは締める。
真顔でゲラをにらみつけながら、最終のみだしとリードとキャプションを考える。私は黙って大原さんのひらめきを待った。
突然大原さんが、テーブルの上をバンッ! と叩いたので、
「いいの思いつきましたか?」「いやいや、まだまだ」
再びゲラに目を落とす大原さん。
向かい合わせに座り、コーヒーを飲みながらじっと待っていると、また、バンッ! とゲラを叩くので、
「ひらめきましたか?」「いやいや」
大原さんが突然立ち上がり、今度は壁を手のひらでバシンッ! と叩くので、
「何か重大なミスでもありましたか?」「さっきからちっこい虫がいるんだよ!」
私には見えない。
「バッハの音楽は神が人類に与えてくれた最高の音楽なんだ」と大原さんから教わったので、「大原さんにしか見えない虫ですね、私には見えません。神の使いでしょうか?」「ショウジョウバエだよ」
それからも大原さんは私と話をしながらも突然パンパン手を合わせたり、自分の顔をひっぱたいていた。
「僕には猫の言葉がわかるんだよ」と言う大原さんだが、『ホワッツ・マイケル』みたいだった。みだしやリードは一つも浮かんでこなかった。(美濃)


