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   <title>dankaiパンチ blog</title>
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   <updated>2009-03-03T10:07:20Z</updated>
   <subtitle>dankaiパンチ 公式Blog</subtitle>
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   <title>明日、校了</title>
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   <published>2009-03-03T04:33:37Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:20Z</updated>
   
   <summary>禁酒六日目ともなると集中力が養われ、仕事以外はやる気がなくなった。体調万全、不快指数ゼロ。昨日は朝10時から夜11時まで会社から一歩も出ずにぶっ続けで編集していたので、最後まで進行が遅れていた「バッハ特集」16ページが一気に片づいた。 競輪をして、酒を飲んで、あたたかい家庭があって、なんていうのが理想だが、そんなの無理だ。 仕事をしていれば、酔っ払ってばかりはいられないし、サラリーマンが競輪ばかりしていてはすぐに生活が破綻する。 無理だからこそ憧れて、そういう作家の書くものが読みたくなる。 一生懸命酒を飲めば、服は買えないし、車もバイクも持てないし、旅行も行けないけれど、服以外はなくてもいい。 競輪も1レースに6万円は入れたいので、月に一度勝負するのがやっとで、しかもここ3年一つも当たらない。 かといって酒と競輪をやめると楽しみがなくなる。 仕事と遊びのバランスが大事だと思います。 借金はしない主義なので、遊ぶ時には持っているお金を全部パッと使って、それがなくなったら次の給料日までジッとしている。 この時代、雑誌編集をできる喜びを味わいながら酒を飲まずに家と会社を往復している。それはそれで寝起きがよく、朝飯はうまいし、電車で本が読めるので快適だ。 3月17日発売号「城と桜」特集号は明日校了です。二日酔いの気持ちなんてもうすっかり忘れてしまったので、校了後もこのまま飲まないつもりでいます。（美濃）...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
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      禁酒六日目ともなると集中力が養われ、仕事以外はやる気がなくなった。体調万全、不快指数ゼロ。昨日は朝10時から夜11時まで会社から一歩も出ずにぶっ続けで編集していたので、最後まで進行が遅れていた「バッハ特集」16ページが一気に片づいた。
競輪をして、酒を飲んで、あたたかい家庭があって、なんていうのが理想だが、そんなの無理だ。
仕事をしていれば、酔っ払ってばかりはいられないし、サラリーマンが競輪ばかりしていてはすぐに生活が破綻する。
無理だからこそ憧れて、そういう作家の書くものが読みたくなる。
一生懸命酒を飲めば、服は買えないし、車もバイクも持てないし、旅行も行けないけれど、服以外はなくてもいい。
競輪も1レースに6万円は入れたいので、月に一度勝負するのがやっとで、しかもここ3年一つも当たらない。
かといって酒と競輪をやめると楽しみがなくなる。
仕事と遊びのバランスが大事だと思います。
借金はしない主義なので、遊ぶ時には持っているお金を全部パッと使って、それがなくなったら次の給料日までジッとしている。
この時代、雑誌編集をできる喜びを味わいながら酒を飲まずに家と会社を往復している。それはそれで寝起きがよく、朝飯はうまいし、電車で本が読めるので快適だ。
3月17日発売号「城と桜」特集号は明日校了です。二日酔いの気持ちなんてもうすっかり忘れてしまったので、校了後もこのまま飲まないつもりでいます。（美濃）
      
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   <title>介護日記2</title>
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   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.385</id>
   
   <published>2009-03-01T15:01:55Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:20Z</updated>
   
   <summary>久しぶりに会った祖母は坊主頭にされていて、私に「どちらさまですか？」と聞いた。おしゃれで小奇麗にしていた人だったのでかわいそうに思えた。 「隣にいる人はだーれ？」とも言ったが、たぶん私の姿から母を連想していたのだと思う。祖母は「ここは痒いからやだよ」と言った。 できるだけ毎日、祖母の病院に通い、おいしそうなケーキを一つ食べさせ、体を拭いたが祖母が私を思い出すことはなく、病院に入る前に一緒に暮らしていた他の孫の名前を呼んだりした。 ケーキをおいしそうに食べる祖母だったが、たまに「このケーキ、もう一つ、大きいおばあちゃんにも買ってきてもらおうかな？」と20年前に死んだ自分のお母さんを気遣っていた。 病院に通い始めて30日目ぐらいの時だった。私が祖母のベットの横の洗面台でタオルをゆすいでいると、突然、祖母が私の名前を呼んだ。 びっくりして祖母を振り返ると、「お母さん元気？」というようなことを聞いてきたが、私は答えることができなかった。 「俺のことわかるの？」「そりゃあ、わかるさ、孫だもの。あんた、私に何か隠してるんだね？」 祖母は私の母のことを思い出しているようで、私の目をじっと見たが、私は目をそらして下を向いた。 祖母が私のことを思い出したのはその日だけだったが久しぶりに楽しく話をすることができた。祖母と私は元々仲がよかった。 祖母の病院には100人以上の寝たきりの老人がいたように見えた。面会名簿があったが、二日連続で行くと、私の名前が続くこともあった。 祖母はその後、一年ほどしてから死んだ。介護は本当に面倒くさくて、悲しくて、辛いものだけれど、だった一日だけでもそんな日があったことは嬉しいことだった。（美濃）...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
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      久しぶりに会った祖母は坊主頭にされていて、私に「どちらさまですか？」と聞いた。おしゃれで小奇麗にしていた人だったのでかわいそうに思えた。
「隣にいる人はだーれ？」とも言ったが、たぶん私の姿から母を連想していたのだと思う。祖母は「ここは痒いからやだよ」と言った。
できるだけ毎日、祖母の病院に通い、おいしそうなケーキを一つ食べさせ、体を拭いたが祖母が私を思い出すことはなく、病院に入る前に一緒に暮らしていた他の孫の名前を呼んだりした。
ケーキをおいしそうに食べる祖母だったが、たまに「このケーキ、もう一つ、大きいおばあちゃんにも買ってきてもらおうかな？」と20年前に死んだ自分のお母さんを気遣っていた。
病院に通い始めて30日目ぐらいの時だった。私が祖母のベットの横の洗面台でタオルをゆすいでいると、突然、祖母が私の名前を呼んだ。
びっくりして祖母を振り返ると、「お母さん元気？」というようなことを聞いてきたが、私は答えることができなかった。
「俺のことわかるの？」「そりゃあ、わかるさ、孫だもの。あんた、私に何か隠してるんだね？」
祖母は私の母のことを思い出しているようで、私の目をじっと見たが、私は目をそらして下を向いた。
祖母が私のことを思い出したのはその日だけだったが久しぶりに楽しく話をすることができた。祖母と私は元々仲がよかった。
祖母の病院には100人以上の寝たきりの老人がいたように見えた。面会名簿があったが、二日連続で行くと、私の名前が続くこともあった。
祖母はその後、一年ほどしてから死んだ。介護は本当に面倒くさくて、悲しくて、辛いものだけれど、だった一日だけでもそんな日があったことは嬉しいことだった。（美濃）
      
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   <title>介護日記</title>
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   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.384</id>
   
   <published>2009-02-28T15:01:20Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:20Z</updated>
   
   <summary>ステッキ先生・坂崎重盛さんも連載しているサイト「そら飛ぶ庭」が面白い。 中でも元マガジンハウスの編集者で『鳩よ！』の編集長だった大島一洋さんの介護日記が面白い。 大島さんはお母さんの介護をし、普段は「あんた誰や？」と認知症になってしまったお母さんに言われるていたのに、亡くなる間際に「一洋はどこや？」と名前を思い出され、ずっとからかわれていたのか？　と思う。 お父さんの介護をしている時には交通事故に会い、「くそー、俺は今、絶対に入院できない身なんだぞ。誰だこんなことしやがって」と叫び、お父さんと同じ病院に入院したりする。 3月17日発売号の『パンチ』で大島さんは萩原朔美さんの『死んだら何を書いてもいいわ　母・萩原葉子との百八十六日』（新潮社）の書評を書いてくれた。書評を書いてくれたのは二度目だが、いつも丁寧に本を読んでくれ、人生経験豊富で読書家ならではの書評を書いてくれている。 介護日記を見ると、今でも大島さんは毎晩のようにお酒を飲んでいるようだが、あの酒の味、私にも少しだけわかる。 私の母が死に、遺品を整理していると日記が出てきた。 日記には私への悪口（酒）と感謝（食事）が書かれていたが、母の母、すなわち私の祖母についての記述が多かった。 母は最後の入院の数日前まで、認知症で寝たきりの祖母が入院する病院へ通っていた。 母の日記はほとんどが自分の病状と祖母の介護日記だった。自分が病気で祖母を引き取ることができないもどかしさが綴られていた。 日記を読み終え、私は祖母の病院へ向かった。つづく。（美濃）...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
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      ステッキ先生・坂崎重盛さんも連載しているサイト「そら飛ぶ庭」が面白い。
中でも元マガジンハウスの編集者で『鳩よ！』の編集長だった大島一洋さんの介護日記が面白い。
大島さんはお母さんの介護をし、普段は「あんた誰や？」と認知症になってしまったお母さんに言われるていたのに、亡くなる間際に「一洋はどこや？」と名前を思い出され、ずっとからかわれていたのか？　と思う。
お父さんの介護をしている時には交通事故に会い、「くそー、俺は今、絶対に入院できない身なんだぞ。誰だこんなことしやがって」と叫び、お父さんと同じ病院に入院したりする。
3月17日発売号の『パンチ』で大島さんは萩原朔美さんの『死んだら何を書いてもいいわ　母・萩原葉子との百八十六日』（新潮社）の書評を書いてくれた。書評を書いてくれたのは二度目だが、いつも丁寧に本を読んでくれ、人生経験豊富で読書家ならではの書評を書いてくれている。
介護日記を見ると、今でも大島さんは毎晩のようにお酒を飲んでいるようだが、あの酒の味、私にも少しだけわかる。
私の母が死に、遺品を整理していると日記が出てきた。
日記には私への悪口（酒）と感謝（食事）が書かれていたが、母の母、すなわち私の祖母についての記述が多かった。
母は最後の入院の数日前まで、認知症で寝たきりの祖母が入院する病院へ通っていた。
母の日記はほとんどが自分の病状と祖母の介護日記だった。自分が病気で祖母を引き取ることができないもどかしさが綴られていた。
日記を読み終え、私は祖母の病院へ向かった。つづく。（美濃）
      
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   <title>人類</title>
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   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.383</id>
   
   <published>2009-02-28T00:13:04Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:20Z</updated>
   
   <summary>バッハ・ページ最終仕上げのために小学館版『バッハ』全集編集長・大原哲夫さんの事務所へ。 さすが大原さん、締めるところは締める。 真顔でゲラをにらみつけながら、最終のみだしとリードとキャプションを考える。私は黙って大原さんのひらめきを待った。 突然大原さんが、テーブルの上をバンッ！　と叩いたので、 「いいの思いつきましたか？」「いやいや、まだまだ」 再びゲラに目を落とす大原さん。 向かい合わせに座り、コーヒーを飲みながらじっと待っていると、また、バンッ！　とゲラを叩くので、 「ひらめきましたか？」「いやいや」 大原さんが突然立ち上がり、今度は壁を手のひらでバシンッ！　と叩くので、 「何か重大なミスでもありましたか？」「さっきからちっこい虫がいるんだよ！」 私には見えない。 「バッハの音楽は神が人類に与えてくれた最高の音楽なんだ」と大原さんから教わったので、「大原さんにしか見えない虫ですね、私には見えません。神の使いでしょうか？」「ショウジョウバエだよ」 それからも大原さんは私と話をしながらも突然パンパン手を合わせたり、自分の顔をひっぱたいていた。 「僕には猫の言葉がわかるんだよ」と言う大原さんだが、『ホワッツ・マイケル』みたいだった。みだしやリードは一つも浮かんでこなかった。（美濃）...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.asukashinsha.jp/dp/blog/">
      バッハ・ページ最終仕上げのために小学館版『バッハ』全集編集長・大原哲夫さんの事務所へ。
さすが大原さん、締めるところは締める。
真顔でゲラをにらみつけながら、最終のみだしとリードとキャプションを考える。私は黙って大原さんのひらめきを待った。
突然大原さんが、テーブルの上をバンッ！　と叩いたので、
「いいの思いつきましたか？」「いやいや、まだまだ」
再びゲラに目を落とす大原さん。
向かい合わせに座り、コーヒーを飲みながらじっと待っていると、また、バンッ！　とゲラを叩くので、
「ひらめきましたか？」「いやいや」
大原さんが突然立ち上がり、今度は壁を手のひらでバシンッ！　と叩くので、
「何か重大なミスでもありましたか？」「さっきからちっこい虫がいるんだよ！」
私には見えない。
「バッハの音楽は神が人類に与えてくれた最高の音楽なんだ」と大原さんから教わったので、「大原さんにしか見えない虫ですね、私には見えません。神の使いでしょうか？」「ショウジョウバエだよ」
それからも大原さんは私と話をしながらも突然パンパン手を合わせたり、自分の顔をひっぱたいていた。
「僕には猫の言葉がわかるんだよ」と言う大原さんだが、『ホワッツ・マイケル』みたいだった。みだしやリードは一つも浮かんでこなかった。（美濃）
      
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   <title>わかってねえな</title>
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   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.379</id>
   
   <published>2009-02-23T22:32:13Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:19Z</updated>
   
   <summary>最初の就職先は飲食業だった。ほぼ24時間営業の店で、一日中働き、寮生活だった。 仕事はきつくて、朝の勤務は広い店内でウエイターも調理も私一人だった。 私に向かない仕事だったが、親に勘当されて始めた寮生活では帰るところがないので、生まれて初めて貯金をした。 店長は私より三つ年上で、世間を知らない子供だった。 シフトを組む店長はいつも早番で私は遅番だった。 店長の奥さんがヒステリックで、店に何度も電話をかけてくるような人で、本当に迷惑だった。 店長は朝6時に出勤して夕方6時ぐらいに帰っていったが、私はいつも昼12時に出勤して翌朝まで働き、タイムカードもない会社だった。給料は手取りで16万円ぐらいだったと思う。 奥さんが大騒ぎの日は店長は店にこない。代わりに私がそのまま朝から勤務し、24時間以上店から出られないこともあった。 昼ぐらいに疲れきった顔で店長が出勤してきた。 私が調理をしながらアルバイトの学生と話をしていると、店長が私を事務室に呼び出した。 お礼を言われるのかと思ったら、机の上の書類を壁に投げつけ、 「仕事中に女としゃべってんじゃねえ！」 と怒り出し、「仕事なめてんのか！」と怒鳴ったが、（それはお前だ）と思った。 半年で少しお金が貯まったので、中板橋に家賃３万円のアパートを借り、やっとのことで店から逃げ出した。 辞める時、営業部長に理由を聞かれ、「編集者になりたい」と言った。 「俺はこれまでたくさんの人を見てきたけど、お前はそんなタイプじゃないよ。なれないよ」 と言われ、（大きなお世話だ）と思った。 仕事に行くのが嫌で嫌でたまらない毎日だったが、今年は元旦から出社した。（美濃）...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.asukashinsha.jp/dp/blog/">
      最初の就職先は飲食業だった。ほぼ24時間営業の店で、一日中働き、寮生活だった。
仕事はきつくて、朝の勤務は広い店内でウエイターも調理も私一人だった。
私に向かない仕事だったが、親に勘当されて始めた寮生活では帰るところがないので、生まれて初めて貯金をした。
店長は私より三つ年上で、世間を知らない子供だった。
シフトを組む店長はいつも早番で私は遅番だった。
店長の奥さんがヒステリックで、店に何度も電話をかけてくるような人で、本当に迷惑だった。
店長は朝6時に出勤して夕方6時ぐらいに帰っていったが、私はいつも昼12時に出勤して翌朝まで働き、タイムカードもない会社だった。給料は手取りで16万円ぐらいだったと思う。
奥さんが大騒ぎの日は店長は店にこない。代わりに私がそのまま朝から勤務し、24時間以上店から出られないこともあった。
昼ぐらいに疲れきった顔で店長が出勤してきた。
私が調理をしながらアルバイトの学生と話をしていると、店長が私を事務室に呼び出した。
お礼を言われるのかと思ったら、机の上の書類を壁に投げつけ、
「仕事中に女としゃべってんじゃねえ！」
と怒り出し、「仕事なめてんのか！」と怒鳴ったが、（それはお前だ）と思った。
半年で少しお金が貯まったので、中板橋に家賃３万円のアパートを借り、やっとのことで店から逃げ出した。
辞める時、営業部長に理由を聞かれ、「編集者になりたい」と言った。
「俺はこれまでたくさんの人を見てきたけど、お前はそんなタイプじゃないよ。なれないよ」
と言われ、（大きなお世話だ）と思った。
仕事に行くのが嫌で嫌でたまらない毎日だったが、今年は元旦から出社した。（美濃）
      
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   <title>『パンチ』編集部の朝</title>
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   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.378</id>
   
   <published>2009-02-22T15:03:41Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:19Z</updated>
   
   <summary>家で起きる場合、6時半に起きている。風呂を沸かし、歯と靴を磨いて、洗濯をして、スポーツ報知で競輪の予想をして、冬は寒いから味噌汁を作って（長ねぎのみ）納豆をこねて（長ねぎのみ）、10時に遅刻しないように家を出る。 『パンチ』編集部はみんな遅刻しないのでご機嫌だ。朝イチで取材がある人以外は朝10までに全員集合して、即仕事にとりかかっている。 デザイナーさんも三人編集部に通ってくれているが12時に毎日やってきてくれるので、遅くても夜7時には仕事が一段落つき、みんなそれぞれ自由に散らばることができる。 以前いた編集部は最悪だった。私が一番の若手だった頃、一番偉い人が午後の3時くらいにやってきて明け方帰っていくような人だったので、私は夕方になっても外に出掛けづらく、毎日終電車まで会社にいてストレスの溜まる毎日だった。 『パンチ』編集部では基本的に10時がら6時まで机で仕事をしているので、もし3時出社なら夜11時までかかる。これじゃあ、飲みに行けない。 毎晩終電で帰っている他社の後輩編集者に何時に出社しているのか聞いてみると、やっぱり2時か3時だった。それじゃあ、遊べないわけだ。 とはいっても二年も毎日遅刻せずに出社するなんて飛鳥新社に入ってからの初めての習慣なのだが、慣れてしまえばこっちのものだ。朝の方が人と連絡を取りやすいし、仕事がはかどる。 おかげで休日も６時半に一度目が覚めるので、午前中からクリーニング屋に出掛けたり、ツタヤに出掛けたり、ブックオフをハシゴしたり、映画を見に行ったりできるようになった。 以前の休日はいつも起きると夕方で、二日酔いで気持ち悪くて何もできなかった。二日酔いであろうが、睡眠不足であろうが、早起きするのは楽しいので、これからもずっと遅刻はしない。 ちなみに新宿のカプセルホテルで目を覚ますのは8時半、編集部ソファは9時59分、どちらも遅刻はしてません。（美濃）...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
   </author>
   
   
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      家で起きる場合、6時半に起きている。風呂を沸かし、歯と靴を磨いて、洗濯をして、スポーツ報知で競輪の予想をして、冬は寒いから味噌汁を作って（長ねぎのみ）納豆をこねて（長ねぎのみ）、10時に遅刻しないように家を出る。
『パンチ』編集部はみんな遅刻しないのでご機嫌だ。朝イチで取材がある人以外は朝10までに全員集合して、即仕事にとりかかっている。
デザイナーさんも三人編集部に通ってくれているが12時に毎日やってきてくれるので、遅くても夜7時には仕事が一段落つき、みんなそれぞれ自由に散らばることができる。
以前いた編集部は最悪だった。私が一番の若手だった頃、一番偉い人が午後の3時くらいにやってきて明け方帰っていくような人だったので、私は夕方になっても外に出掛けづらく、毎日終電車まで会社にいてストレスの溜まる毎日だった。
『パンチ』編集部では基本的に10時がら6時まで机で仕事をしているので、もし3時出社なら夜11時までかかる。これじゃあ、飲みに行けない。
毎晩終電で帰っている他社の後輩編集者に何時に出社しているのか聞いてみると、やっぱり2時か3時だった。それじゃあ、遊べないわけだ。
とはいっても二年も毎日遅刻せずに出社するなんて飛鳥新社に入ってからの初めての習慣なのだが、慣れてしまえばこっちのものだ。朝の方が人と連絡を取りやすいし、仕事がはかどる。
おかげで休日も６時半に一度目が覚めるので、午前中からクリーニング屋に出掛けたり、ツタヤに出掛けたり、ブックオフをハシゴしたり、映画を見に行ったりできるようになった。
以前の休日はいつも起きると夕方で、二日酔いで気持ち悪くて何もできなかった。二日酔いであろうが、睡眠不足であろうが、早起きするのは楽しいので、これからもずっと遅刻はしない。
ちなみに新宿のカプセルホテルで目を覚ますのは8時半、編集部ソファは9時59分、どちらも遅刻はしてません。（美濃）
      
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   <title>ケン玉おじさん</title>
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   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.376</id>
   
   <published>2009-02-20T22:45:50Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:19Z</updated>
   
   <summary>入稿準備中の金耀日だというのに、なかなかバッハ・ページが進まないので、助けを求めて小学館版『バッハ全集』編集長・大原哲夫さんの携帯に電話する。 「そろそろ仕上げ作業にかかりたいのですがなかなか進みません。ご協力お願いできますか？　かなり焦ってきています」「あ～、いいですよ、事務所にいらっしゃい～」 大原さんは散歩の最中のようで、電話の向こうから豆腐屋さんのラッパの音色が流れていた。なぜ、あの人だけ、いつもあんなにのどかな時間が流れているのだろう。この前、夜に電話した時はチャルメラの音色が流れていた。 資料を持って走って大原事務所へ。 「そろそろ仕上げ作業にかからないと間に合いません、ご協力お願いします」「よしっ！　わかっった。パッパッとやっちゃおう。まずはコーヒーを入れなさい」 コーヒーを飲み始めると大原さんはスケッチブックを取り出して、ご自身が描いた色々なポーズをとった人物の水彩画を私に見せてくれ、解説してくれた。 「上手ですね」「だろう？　個展を開くんだ」「それよりも、そろそろバッハ・ページの使用図版を決めませんか？」「まあまあ、このビスケットおいしいから食べなさい」 このビスケット、たしかにおいしい。コーヒーによく合うので、もう一度お湯を沸かした。 原稿も全然できあがっていないので、ノートにレイアウト・ラフを書きながら相談しようとすると、大原さんは棚からケン玉を持ち出し、軽やかに腰をゆらしながら大技を披露してくれるので、私も挑戦。 「姿勢が悪い！　そんなんじゃダメだ！　もっと腰を落として」「はい！」 また来週！（美濃）...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
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      入稿準備中の金耀日だというのに、なかなかバッハ・ページが進まないので、助けを求めて小学館版『バッハ全集』編集長・大原哲夫さんの携帯に電話する。
「そろそろ仕上げ作業にかかりたいのですがなかなか進みません。ご協力お願いできますか？　かなり焦ってきています」「あ～、いいですよ、事務所にいらっしゃい～」
大原さんは散歩の最中のようで、電話の向こうから豆腐屋さんのラッパの音色が流れていた。なぜ、あの人だけ、いつもあんなにのどかな時間が流れているのだろう。この前、夜に電話した時はチャルメラの音色が流れていた。
資料を持って走って大原事務所へ。
「そろそろ仕上げ作業にかからないと間に合いません、ご協力お願いします」「よしっ！　わかっった。パッパッとやっちゃおう。まずはコーヒーを入れなさい」
コーヒーを飲み始めると大原さんはスケッチブックを取り出して、ご自身が描いた色々なポーズをとった人物の水彩画を私に見せてくれ、解説してくれた。
「上手ですね」「だろう？　個展を開くんだ」「それよりも、そろそろバッハ・ページの使用図版を決めませんか？」「まあまあ、このビスケットおいしいから食べなさい」
このビスケット、たしかにおいしい。コーヒーによく合うので、もう一度お湯を沸かした。
原稿も全然できあがっていないので、ノートにレイアウト・ラフを書きながら相談しようとすると、大原さんは棚からケン玉を持ち出し、軽やかに腰をゆらしながら大技を披露してくれるので、私も挑戦。
「姿勢が悪い！　そんなんじゃダメだ！　もっと腰を落として」「はい！」
また来週！（美濃）
      
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   <title>終電車にて</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.asukashinsha.jp/dp/blog/2009/02/post_328.html" />
   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.374</id>
   
   <published>2009-02-19T01:36:30Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:19Z</updated>
   
   <summary>仕事が一段落したので、Ａ君と軽く神保町で飲んでもいいかな、と思っていたのになぜか銀座へ。 Ａ君の奢りで焼酎（1）に新じゃが、ごぼうの漬物、松坂牛とピーマン、おいしかった。割り勘でななはち（2）に寄ったが、翌日の仕事が気になるので盛り上がれず、早めに一人先に店を出る。 駅に向かって歩きながら携帯をチェックすると未登録の番号から着信あり、伝言メーッセージあり。 誰だろう？　と思ったらステッキ先生・坂崎重盛さん。1時間前の飲み屋からの電話で、私が前から会いたがっている人といる、ということなので急いでそのお店に折り返してみたが、もうすでに店を後にしていた。 もしかしたら猫目？　と思い電話してみたがいない。もう一回かかってくるかもしれないからマチュアパレス（3）で休憩。ＭＧ・鈴木啓之さんに会えたので楽しい時間を過ごせた。 終電近くまで連絡を待ったが、残念だった。会いたかった。 翌日の仕事を考えながらビクビクしながら薄い焼酎をチビチビ飲むのはいいことだ。ほろ酔い気分で0時過ぎの電車で家に帰るのはいいことだ。携帯電話を持たない人の連絡を待つなんて久しぶりのことだったが、昔はこれが当たり前で懐かしかった。 帰りの電車で、（最近、自分は何を焦ってるんだろう、明日もあるし、来年もあるし、十年後もあるのに）と思った。(美濃)...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.asukashinsha.jp/dp/blog/">
      仕事が一段落したので、Ａ君と軽く神保町で飲んでもいいかな、と思っていたのになぜか銀座へ。
Ａ君の奢りで焼酎（1）に新じゃが、ごぼうの漬物、松坂牛とピーマン、おいしかった。割り勘でななはち（2）に寄ったが、翌日の仕事が気になるので盛り上がれず、早めに一人先に店を出る。
駅に向かって歩きながら携帯をチェックすると未登録の番号から着信あり、伝言メーッセージあり。
誰だろう？　と思ったらステッキ先生・坂崎重盛さん。1時間前の飲み屋からの電話で、私が前から会いたがっている人といる、ということなので急いでそのお店に折り返してみたが、もうすでに店を後にしていた。
もしかしたら猫目？　と思い電話してみたがいない。もう一回かかってくるかもしれないからマチュアパレス（3）で休憩。ＭＧ・鈴木啓之さんに会えたので楽しい時間を過ごせた。
終電近くまで連絡を待ったが、残念だった。会いたかった。
翌日の仕事を考えながらビクビクしながら薄い焼酎をチビチビ飲むのはいいことだ。ほろ酔い気分で0時過ぎの電車で家に帰るのはいいことだ。携帯電話を持たない人の連絡を待つなんて久しぶりのことだったが、昔はこれが当たり前で懐かしかった。
帰りの電車で、（最近、自分は何を焦ってるんだろう、明日もあるし、来年もあるし、十年後もあるのに）と思った。(美濃)
      
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   <title>バッハを聴けば</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.asukashinsha.jp/dp/blog/2009/02/post_326.html" />
   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.372</id>
   
   <published>2009-02-15T15:02:17Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:18Z</updated>
   
   <summary>バッハ・ページのためにバッハ・コレギウム・ジャパン・鈴木雅明さんと大原哲夫さんで対談をしていただいた。「音楽史はバッハを中心に流れているように感じる」「バッハを聴き、ロウソクの火を手にすれば、武器を持つことなんてできない」「バッハは人の心をただしてくれる音楽」、いい話をうかがうことができた。 バッハ・ページのタイトルは「人類が求める音楽、人類を救う音楽」という感じでいきたい。勉強になった。 クラシック音楽は気持ちいい。『パンチ』の編集をやっていなかったら、クラシック音楽を好きになることはできなかった。仕事で新しい世界と出会えるなんて、これだから編集はやめられない。 去年の12月号で初めてモーツァルト特集を担当することになった時、「俺になんかできないよ」と率直に思ったが、大原哲夫さんのアドヴァイスでぐんぐんモーツァルト好きになり、今はどんどんバッハ好きになっている。 キース・ジャレットのバッハ『ゴルトベルク変奏曲』『フランス組曲』、クララ・ハスキルのモーツァルト『ピアノ協奏曲23番』『ピアノソナタ10番』を聴いて機嫌が悪くなる人はいないと思う。 もしも、物心つく前にこれらのCDを聴き慣れ、頭の中に流しておけば、物静かで、明るくて、優しい人に育つように感じる。初めてお会いした鈴木雅明さんもそういった印象の方だった。 これらの曲で辛い日々や孤独な日々を乗り越えた人は多いと思う。クラシック音楽の取材で出会った人たちには哀しみを抱えて生きている方が多かったし、モーツァルト特集の読者ハガキでもそういった感想が多く見られた。 たまに早く帰ってこれらの曲を聴いていると心の中に春風が舞い込み、川にでも飛び込みたい気分になる。 「人はどこかでバッハに出会うんだよ」と大原さんが教えてくれたが、私は『パンチ』でバッハに出会えた。 「人の心をただしてくれる音楽」、いい感じだ。 対談の後、大原さんのバッハ論を聞きながらカレーうどんを食べた。とてもいい話で大変勉強になったが、大原さんのズボンの社会の窓が開いていたのが残念だった。（美濃）...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
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      バッハ・ページのためにバッハ・コレギウム・ジャパン・鈴木雅明さんと大原哲夫さんで対談をしていただいた。「音楽史はバッハを中心に流れているように感じる」「バッハを聴き、ロウソクの火を手にすれば、武器を持つことなんてできない」「バッハは人の心をただしてくれる音楽」、いい話をうかがうことができた。
バッハ・ページのタイトルは「人類が求める音楽、人類を救う音楽」という感じでいきたい。勉強になった。
クラシック音楽は気持ちいい。『パンチ』の編集をやっていなかったら、クラシック音楽を好きになることはできなかった。仕事で新しい世界と出会えるなんて、これだから編集はやめられない。
去年の12月号で初めてモーツァルト特集を担当することになった時、「俺になんかできないよ」と率直に思ったが、大原哲夫さんのアドヴァイスでぐんぐんモーツァルト好きになり、今はどんどんバッハ好きになっている。
キース・ジャレットのバッハ『ゴルトベルク変奏曲』『フランス組曲』、クララ・ハスキルのモーツァルト『ピアノ協奏曲23番』『ピアノソナタ10番』を聴いて機嫌が悪くなる人はいないと思う。
もしも、物心つく前にこれらのCDを聴き慣れ、頭の中に流しておけば、物静かで、明るくて、優しい人に育つように感じる。初めてお会いした鈴木雅明さんもそういった印象の方だった。
これらの曲で辛い日々や孤独な日々を乗り越えた人は多いと思う。クラシック音楽の取材で出会った人たちには哀しみを抱えて生きている方が多かったし、モーツァルト特集の読者ハガキでもそういった感想が多く見られた。
たまに早く帰ってこれらの曲を聴いていると心の中に春風が舞い込み、川にでも飛び込みたい気分になる。
「人はどこかでバッハに出会うんだよ」と大原さんが教えてくれたが、私は『パンチ』でバッハに出会えた。
「人の心をただしてくれる音楽」、いい感じだ。
対談の後、大原さんのバッハ論を聞きながらカレーうどんを食べた。とてもいい話で大変勉強になったが、大原さんのズボンの社会の窓が開いていたのが残念だった。（美濃）
      
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   <title>会話泥棒</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.asukashinsha.jp/dp/blog/2009/02/post_324.html" />
   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.370</id>
   
   <published>2009-02-14T06:06:44Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:18Z</updated>
   
   <summary>お茶飲み友達のＫさんは人の話をすぐに奪う。 私が若者と、「この間、どこ行ったの？」「北海道って居酒屋知ってますか？」と会話を始めたとたん、 「あ、北海道？　知ってる知ってる、二十年前ね……」 と、あっという間に我々の会話を奪ってしまう。 このＫさん、知らない話でも会話を奪うことができる。渚ようこさんの話をしていたら、「誰誰？　なぎらけんじ？」 と適当なことを言って、なぎら健壱の話に変えてしまうほどのテクニックの持ち主だ。 「知らないんだったら人の話に入ってこないでくださいよ！」 などと注意しようものなら、「なぜ人と話をするのが好きなのか」をテーマに二十分は話が弾む。 事務所の若者が難しい話をしているのに入っていけず、両手を振りながら地団駄を踏んでいるのを見たことがあるが、その姿から「しゃべらせてくれなきゃ死ぬぞ！」というような気迫のようなものが伝わってきた。 Kさんの事務所に遊びに行き誰かと話を始めるとKさんの視線を感じ、確実に会話が奪われる。 先日はコーヒーについて話していたら、あっという間にKさんの奥様の話に会話を変えられ、長長と話を聞かせてくれたが、一言で要約すれば、「しゃべらせてくれなければ女房と別れる」ということだった。 Kさんは歳を取ったら電車の中でも知らない人の会話を奪ってしまうことだろう。将来が楽しみだ。(美濃)...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
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      お茶飲み友達のＫさんは人の話をすぐに奪う。
私が若者と、「この間、どこ行ったの？」「北海道って居酒屋知ってますか？」と会話を始めたとたん、
「あ、北海道？　知ってる知ってる、二十年前ね……」
と、あっという間に我々の会話を奪ってしまう。
このＫさん、知らない話でも会話を奪うことができる。渚ようこさんの話をしていたら、「誰誰？　なぎらけんじ？」
と適当なことを言って、なぎら健壱の話に変えてしまうほどのテクニックの持ち主だ。
「知らないんだったら人の話に入ってこないでくださいよ！」
などと注意しようものなら、「なぜ人と話をするのが好きなのか」をテーマに二十分は話が弾む。
事務所の若者が難しい話をしているのに入っていけず、両手を振りながら地団駄を踏んでいるのを見たことがあるが、その姿から「しゃべらせてくれなきゃ死ぬぞ！」というような気迫のようなものが伝わってきた。
Kさんの事務所に遊びに行き誰かと話を始めるとKさんの視線を感じ、確実に会話が奪われる。
先日はコーヒーについて話していたら、あっという間にKさんの奥様の話に会話を変えられ、長長と話を聞かせてくれたが、一言で要約すれば、「しゃべらせてくれなければ女房と別れる」ということだった。
Kさんは歳を取ったら電車の中でも知らない人の会話を奪ってしまうことだろう。将来が楽しみだ。(美濃)
      
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   <title>天の邪鬼</title>
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   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.367</id>
   
   <published>2009-02-05T15:00:35Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:18Z</updated>
   
   <summary>以前、居心地のいいガラガラの居酒屋を見つけ、連日一升近く熱燗を飲んだ。 「できるだけ熱くしてください」 と頼んで、おじさんが出してくれる熱燗がうまかったので、最初から最後まで熱燗を飲み続けた。 お銚子を一本ずつお湯につけてくれるのだが、カウンターの横には熱燗をつくる機械もあった。 「なんでこの機械使わないんですか？」 と聞いてみると、熱燗はあまり出ないので、機械に酒をセットすると、酒が悪くなってしまうと言う。 その店に通って四日目、店に入ると機械に日本酒がセットされていた。 「今夜も来るんじゃないかと思ってセットしておきましたよ」 とおじさんが言うので、私はレモンハイを注文した。 ステッキ先生・坂崎重盛さんと飲んだ夜、貯金のない私が、「貯金が禁止されれば世の中楽しくなりそうですね」とくだらない話をすると、ステッキ先生も、「貯金に30パーセントぐらい税金をかけてしまえばみんな使うよね」と話を合わせてくれた。 みんなが貯金をしないで入ったお金を全て使ってしまえば、酒場は毎晩満員で、それは派手な世の中になりそうだが、そんな世の中になったら、私は毎晩まっすぐ家に帰って貯金を始める。 最近、さっさと会社を出て家にまっすぐ帰る日が続いているが、「今日も、俺はやったぞ！　やればできるんだ」と清清しい達成感を感じている。 しかし、早く家に帰ったからといって、これといってすることもない。換気扇の穴から吹いてくる夜風が今夜も身に沁みる。（美濃）...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
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      以前、居心地のいいガラガラの居酒屋を見つけ、連日一升近く熱燗を飲んだ。
「できるだけ熱くしてください」
と頼んで、おじさんが出してくれる熱燗がうまかったので、最初から最後まで熱燗を飲み続けた。
お銚子を一本ずつお湯につけてくれるのだが、カウンターの横には熱燗をつくる機械もあった。
「なんでこの機械使わないんですか？」
と聞いてみると、熱燗はあまり出ないので、機械に酒をセットすると、酒が悪くなってしまうと言う。
その店に通って四日目、店に入ると機械に日本酒がセットされていた。
「今夜も来るんじゃないかと思ってセットしておきましたよ」
とおじさんが言うので、私はレモンハイを注文した。
ステッキ先生・坂崎重盛さんと飲んだ夜、貯金のない私が、「貯金が禁止されれば世の中楽しくなりそうですね」とくだらない話をすると、ステッキ先生も、「貯金に30パーセントぐらい税金をかけてしまえばみんな使うよね」と話を合わせてくれた。
みんなが貯金をしないで入ったお金を全て使ってしまえば、酒場は毎晩満員で、それは派手な世の中になりそうだが、そんな世の中になったら、私は毎晩まっすぐ家に帰って貯金を始める。
最近、さっさと会社を出て家にまっすぐ帰る日が続いているが、「今日も、俺はやったぞ！　やればできるんだ」と清清しい達成感を感じている。
しかし、早く家に帰ったからといって、これといってすることもない。換気扇の穴から吹いてくる夜風が今夜も身に沁みる。（美濃）
      
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   <title>安い店、高い店</title>
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   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.365</id>
   
   <published>2009-02-04T03:12:36Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:18Z</updated>
   
   <summary>小泉武夫先生、櫻木徹郎さん、南伸坊さん、秋山道男さんとイノシシ鍋（1）で宴会。みなさんに協力していただきたかった書籍企画があったのだが、実現不可能になってしまいがっかりする。 一人いじけて銀座へ。こういう時は派手にポルシェビル（2）、六本木（3）、編集部ソファ。 二日酔いのまま、元『パンチ』編集部の人とお茶を飲む。どこも大変だなあ、と思いながら同情していると携帯が鳴った。 「公衆電話」なんて久しぶりの表示を見てから電話に出ると、ステッキ先生・坂崎重盛さん。 「今から神保町に散歩に出掛けるんですけど、どうしてますか？」「飲みますか？」「飲みませんよ」 東京堂で待ち合わせ、神保町をしばし散歩。途中、石田千さんが自転車に乗って現れ、紹介していただく。石田さんの本は何冊か買っているので、今度原稿をお願いしてみよう。 ステッキ先生とタクシーに乗って浅草橋へ。「飲みますか？」「飲みましょうよ」 西口やきとん（1）で塩煮込みにウーロンハイ、お会計は1780円。 性格のいい若者たちがやっているワインバー「bevi」（2）でウイスキーの水割り、おいしそうな手料理が全部500円で見ているだけで大満足。飲み物も350円とは驚いた。 「どうせ行くなら安い店かめちゃくちゃ高い店ですよね」「言えてる」 ステッキ先生とは話が合う。 立ち飲み屋（3）でラッキョウにホッピー（計1120円）。「あなたは枝豆とラッキョウだけはバリバリ食べるんですね」「オニオンスライスもバリバリ食べます」 ステッキ先生と別れ、電車に乗ってまっすぐ帰る。酔っ払ったまま電車で帰るなんて懐かしくて得した気分だった。やればできる。(美濃)...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
   </author>
   
   
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      小泉武夫先生、櫻木徹郎さん、南伸坊さん、秋山道男さんとイノシシ鍋（1）で宴会。みなさんに協力していただきたかった書籍企画があったのだが、実現不可能になってしまいがっかりする。
一人いじけて銀座へ。こういう時は派手にポルシェビル（2）、六本木（3）、編集部ソファ。
二日酔いのまま、元『パンチ』編集部の人とお茶を飲む。どこも大変だなあ、と思いながら同情していると携帯が鳴った。
「公衆電話」なんて久しぶりの表示を見てから電話に出ると、ステッキ先生・坂崎重盛さん。
「今から神保町に散歩に出掛けるんですけど、どうしてますか？」「飲みますか？」「飲みませんよ」
東京堂で待ち合わせ、神保町をしばし散歩。途中、石田千さんが自転車に乗って現れ、紹介していただく。石田さんの本は何冊か買っているので、今度原稿をお願いしてみよう。
ステッキ先生とタクシーに乗って浅草橋へ。「飲みますか？」「飲みましょうよ」
西口やきとん（1）で塩煮込みにウーロンハイ、お会計は1780円。
性格のいい若者たちがやっているワインバー「bevi」（2）でウイスキーの水割り、おいしそうな手料理が全部500円で見ているだけで大満足。飲み物も350円とは驚いた。
「どうせ行くなら安い店かめちゃくちゃ高い店ですよね」「言えてる」
ステッキ先生とは話が合う。
立ち飲み屋（3）でラッキョウにホッピー（計1120円）。「あなたは枝豆とラッキョウだけはバリバリ食べるんですね」「オニオンスライスもバリバリ食べます」
ステッキ先生と別れ、電車に乗ってまっすぐ帰る。酔っ払ったまま電車で帰るなんて懐かしくて得した気分だった。やればできる。(美濃)
      
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   <title>寝心地のいい場所</title>
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   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.364</id>
   
   <published>2009-01-31T16:06:20Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:17Z</updated>
   
   <summary>最近見に行った映画は『ワールド・オブ・ワイズ』（新宿ジョイ・シネマ）『地球が静止する日』（新宿アカデミー）『ザ・ムーン』（ＴＯＨＯシネマズ六本木ヒルズ）『懺悔』（岩波ホール）『ヘルボーイ　ゴールデン・アーミー』（新宿グランドオデオン座）『チェ　28歳の革命』（新宿オデオン座）。 ここ数ヶ月、老化が激しく、映画館で映画を見ると100パーセント眠ってしまうので、どれもどんな映画かよくわからない。月を歩いた人たちのドキュメント映画『ザ・ムーン』は半分近く起きていたので地球と月が美しくて面白かったが、他は10分も見ていない。 泥酔している時以外の普段の寝つきは悪いのだが、映画館の明かりが落ちるとすぐに眠くなってしまうので無理をしないでぐっすり眠ってしまう。 いつも「60歳以上ならいつでも千円じゃ」のおじさんと「映画泥棒」のパントマイムを見る頃に眠ってしまい本編を見ないまま、エンドロールで目を覚ます習慣になってしまった。 たまに爆破シーンや銃撃シーンで目が覚めるが、少しの間だけ炎を見てから、またすぐにぐっすり眠ってしまう。 それでも映画館は楽しい。色んな映画館に入ってみて、劇場と観客を見回すだけでもわくわくするし、どこも寝心地がいい。 池袋あたりに住んで、新文芸坐と早稲田松竹を中心に映画館で眠り回る生活に憧れている。もちろん本当は映画館で映画が見たい。 池袋生まれなので、小さい頃から池袋中の映画館に馴染み、全ての映画館で居眠りをしたことがあるから老後がとても楽しみだ。 不思議なことに試写室で映画を見る時は眠くならない。映画会社の人に失礼だから、きっと潜在的に気合いが入っている。 試写室で二回見させていただいた『少年メリケンサック』が2月14日にいよいよ公開されるが、せっかく面白い映画なのだからもう一回見に行ってみよう。 二回見ても面白かったので、お金を払って見る三回目はきっといい夢が見られる。（美濃）...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.asukashinsha.jp/dp/blog/">
      最近見に行った映画は『ワールド・オブ・ワイズ』（新宿ジョイ・シネマ）『地球が静止する日』（新宿アカデミー）『ザ・ムーン』（ＴＯＨＯシネマズ六本木ヒルズ）『懺悔』（岩波ホール）『ヘルボーイ　ゴールデン・アーミー』（新宿グランドオデオン座）『チェ　28歳の革命』（新宿オデオン座）。
ここ数ヶ月、老化が激しく、映画館で映画を見ると100パーセント眠ってしまうので、どれもどんな映画かよくわからない。月を歩いた人たちのドキュメント映画『ザ・ムーン』は半分近く起きていたので地球と月が美しくて面白かったが、他は10分も見ていない。
泥酔している時以外の普段の寝つきは悪いのだが、映画館の明かりが落ちるとすぐに眠くなってしまうので無理をしないでぐっすり眠ってしまう。
いつも「60歳以上ならいつでも千円じゃ」のおじさんと「映画泥棒」のパントマイムを見る頃に眠ってしまい本編を見ないまま、エンドロールで目を覚ます習慣になってしまった。
たまに爆破シーンや銃撃シーンで目が覚めるが、少しの間だけ炎を見てから、またすぐにぐっすり眠ってしまう。
それでも映画館は楽しい。色んな映画館に入ってみて、劇場と観客を見回すだけでもわくわくするし、どこも寝心地がいい。
池袋あたりに住んで、新文芸坐と早稲田松竹を中心に映画館で眠り回る生活に憧れている。もちろん本当は映画館で映画が見たい。
池袋生まれなので、小さい頃から池袋中の映画館に馴染み、全ての映画館で居眠りをしたことがあるから老後がとても楽しみだ。
不思議なことに試写室で映画を見る時は眠くならない。映画会社の人に失礼だから、きっと潜在的に気合いが入っている。
試写室で二回見させていただいた『少年メリケンサック』が2月14日にいよいよ公開されるが、せっかく面白い映画なのだからもう一回見に行ってみよう。
二回見ても面白かったので、お金を払って見る三回目はきっといい夢が見られる。（美濃）
      
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   <title>「ドクター・レクター！」</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.asukashinsha.jp/dp/blog/2009/01/post_315.html" />
   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.361</id>
   
   <published>2009-01-29T01:22:27Z</published>
   <updated>2009-03-03T10:07:17Z</updated>
   
   <summary>ハンニバル・レクター博士がバッハのゴルトベルク変奏曲が好きだと知り、ツタヤでハンニバル・シリーズを借りてきて見返した。 『羊たちの沈黙』『ハンニバル』『レッド・ドラゴン』『ハンニバル・ライジング』と公開順に見ていき、最近は受話器を手に取る度に「ドクター・レクター！　ドクター・レクター！」と問い掛けている。 ストーリー的には『ライジング』『ドラゴン』『羊』『ハンニバル』の順番だ。原作出版順は『ドラゴン』『羊』『ハンニバル』『ライジング』のようだ。 もっと見たい。早くトマス・ハリス先生に続編を書いていただきたい。 『ライジング』以外は出演者も完璧だ。あんなに面白いシリーズはそうはない（『ライジング』のみ脚本もトマス・ハリス）。 トマス・ハリスの小説全５作品は全て映画化されていて、『ドラゴン』は『羊』の前にも一度映画化されている。『ブラック・サンデー』はツタヤになかった。 『パンチ』4月号、バッハ・ページのためにバッハを聴き続けているのだが、あまりよさがわからないでいた。 名作の誉れ高いグレン・グールドのゴルトベルク変奏曲でさえ、よさがわからなかったのだが、ハンニバル・シリーズをきっかけに一気にバッハの虜になった。 『羊』『ライジング』でドクター・レクターはバッハを聴き、『ハンニバル』ではピアノを弾いている。 こうなると、グレン・グールドと野平一郎さんのゴルトベルク変奏曲の聴き比べも味わい深く、他の演奏家も聴き比べたい。欲しいCDが一気に増えた。 ゴルトベルク変奏曲は不眠症の伯爵のために作曲されたとか、演奏されたという逸話があるが、なるほどヘッドフォンで聴きながら眠ると聴き終える前に眠ってしまう。 ちなみに林家三平のCDを聴きながら眠ると聴き終えるまでに三度は飛び起きる。ドクターレクター！　ヨシコさんって誰なんですか？（美濃）...</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.asukashinsha.jp/dp/blog/">
      ハンニバル・レクター博士がバッハのゴルトベルク変奏曲が好きだと知り、ツタヤでハンニバル・シリーズを借りてきて見返した。
『羊たちの沈黙』『ハンニバル』『レッド・ドラゴン』『ハンニバル・ライジング』と公開順に見ていき、最近は受話器を手に取る度に「ドクター・レクター！　ドクター・レクター！」と問い掛けている。
ストーリー的には『ライジング』『ドラゴン』『羊』『ハンニバル』の順番だ。原作出版順は『ドラゴン』『羊』『ハンニバル』『ライジング』のようだ。
もっと見たい。早くトマス・ハリス先生に続編を書いていただきたい。
『ライジング』以外は出演者も完璧だ。あんなに面白いシリーズはそうはない（『ライジング』のみ脚本もトマス・ハリス）。
トマス・ハリスの小説全５作品は全て映画化されていて、『ドラゴン』は『羊』の前にも一度映画化されている。『ブラック・サンデー』はツタヤになかった。
『パンチ』4月号、バッハ・ページのためにバッハを聴き続けているのだが、あまりよさがわからないでいた。
名作の誉れ高いグレン・グールドのゴルトベルク変奏曲でさえ、よさがわからなかったのだが、ハンニバル・シリーズをきっかけに一気にバッハの虜になった。
『羊』『ライジング』でドクター・レクターはバッハを聴き、『ハンニバル』ではピアノを弾いている。
こうなると、グレン・グールドと野平一郎さんのゴルトベルク変奏曲の聴き比べも味わい深く、他の演奏家も聴き比べたい。欲しいCDが一気に増えた。
ゴルトベルク変奏曲は不眠症の伯爵のために作曲されたとか、演奏されたという逸話があるが、なるほどヘッドフォンで聴きながら眠ると聴き終える前に眠ってしまう。
ちなみに林家三平のCDを聴きながら眠ると聴き終えるまでに三度は飛び起きる。ドクターレクター！　ヨシコさんって誰なんですか？（美濃）
      
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   <title>ヨシコさん</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.asukashinsha.jp/dp/blog/2009/01/post_314.html" />
   <id>tag:www.asukashinsha.jp,2009:/dp/blog//1.360</id>
   
   <published>2009-01-28T03:32:12Z</published>
   <updated>2009-03-30T15:35:18Z</updated>
   
   <summary>秋山道男さんとの待ち合わせが8時半だったので後輩編集者を誘ってさくら水産（1）へ。「俺、バカなんです、このまま編集者続けていいんですかね？」「大丈夫、俺はもっとバカだ、林家三平を聴きなさい」 ＭＧ・鈴木啓之さんと神保町交差点で待ち合わせ、抱きしめたくなるほどに嬉しいプレゼントをいただく。持つべきものは友達だ。私は、鈴木さんがいなければ編集ができない。 秋山さんに会いに渋谷の肉焼屋（2）へ。林家三平について語り合う。秋山さんとの食事はいつも楽しいから何を食べてもおいしい。けっこう高い店だったので秋山さんに奢っていただいた。 恵比寿のアニキの店（3）へ。「ウイスキーの水割りに氷を入れたらダメだぜ」とアニキ。勉強になった。 新宿へ出て猫目（4）、秋山さんと林家三平の歌を合唱する。 三平の「好きです（ヨシコさん）」は名曲だ。三平を聴いていると脳がとろけ、全身の筋肉がゆるむ。三平を聴いている人の顔はずっと笑っている。昨日、猫目で三平のＣＤをかけてみたら、店にいた全員が脱力していくのがよくわかった。 「好きです（ヨシコさん）」「ヨシコと歩けば」「夜明けのムーチョ」「三平の聖徳太子の七不思議」「夢のナポリターナ」……曲のタイトルを見ただけでも生きる望みがわいてくる。 12時過ぎに秋山さんが帰ってしまったので、『ＨＢ』の若者をつかまえて付き合わせる。初対面かと思っていたが、前に一度飲みに連れていったことがあったと知る。私の、名前と顔を覚えられない能力は相当にすぐれている。『ＨＢ』君は名刺を持ち歩いていないから、また名前を思い出せない。 林家三平のおかげで会う人会う人みんなを「ヨシコさん」と呼んでしまう。猫目の人も『ＨＢ』君も私にヨシコさんと呼ばれ、困っていた。 風花（5）へ、昔の上司がいたので、貸していた「3万円返してください」「うるせえ！　ねえ！　奢れ！」 カプセルホテル。 4時間ぐらい寝てからサウナ、風呂、納豆定食、ソルマック、出社。今日こそは家に帰る。（美濃）...</summary>
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      <name>編集部</name>
      
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      秋山道男さんとの待ち合わせが8時半だったので後輩編集者を誘ってさくら水産（1）へ。「俺、バカなんです、このまま編集者続けていいんですかね？」「大丈夫、俺はもっとバカだ、林家三平を聴きなさい」
ＭＧ・鈴木啓之さんと神保町交差点で待ち合わせ、抱きしめたくなるほどに嬉しいプレゼントをいただく。持つべきものは友達だ。私は、鈴木さんがいなければ編集ができない。
秋山さんに会いに渋谷の肉焼屋（2）へ。林家三平について語り合う。秋山さんとの食事はいつも楽しいから何を食べてもおいしい。けっこう高い店だったので秋山さんに奢っていただいた。
恵比寿のアニキの店（3）へ。「ウイスキーの水割りに氷を入れたらダメだぜ」とアニキ。勉強になった。
新宿へ出て猫目（4）、秋山さんと林家三平の歌を合唱する。
三平の「好きです（ヨシコさん）」は名曲だ。三平を聴いていると脳がとろけ、全身の筋肉がゆるむ。三平を聴いている人の顔はずっと笑っている。昨日、猫目で三平のＣＤをかけてみたら、店にいた全員が脱力していくのがよくわかった。
「好きです（ヨシコさん）」「ヨシコと歩けば」「夜明けのムーチョ」「三平の聖徳太子の七不思議」「夢のナポリターナ」……曲のタイトルを見ただけでも生きる望みがわいてくる。
12時過ぎに秋山さんが帰ってしまったので、『ＨＢ』の若者をつかまえて付き合わせる。初対面かと思っていたが、前に一度飲みに連れていったことがあったと知る。私の、名前と顔を覚えられない能力は相当にすぐれている。『ＨＢ』君は名刺を持ち歩いていないから、また名前を思い出せない。
林家三平のおかげで会う人会う人みんなを「ヨシコさん」と呼んでしまう。猫目の人も『ＨＢ』君も私にヨシコさんと呼ばれ、困っていた。
風花（5）へ、昔の上司がいたので、貸していた「3万円返してください」「うるせえ！　ねえ！　奢れ！」
カプセルホテル。
4時間ぐらい寝てからサウナ、風呂、納豆定食、ソルマック、出社。今日こそは家に帰る。（美濃）
      
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