【8月21日・第3部】

M/ここでこの間、食ったのすごかったな。生トウモロコシ。
T/トウモロコシは、あそこがうまかったな。焼きトウモロコシ。
M/え、どこで食べたの。
T/木曽福島。
M/ここは完全に生だったもんな。スイーツ、あれは。スイカみたい。あんなものがあるなんて知らなかったよね。生で食えるトウモロコシがうまいって。いや、鈴木大拙、おもしろかったな。東洋的な見方っていうので、1950年代の終わりから60年代の初めに書いたものを集めた文庫本なんだけど。ビートニクスのことも、鈴木大拙が言ってて。
T/鈴木大拙って60年に行った時に、最初にLSDやったんだよね。アメリカで。
M/じゃあ、ティモシー・リアリー…。ああ、だから。今読むとヤバイなあって。
T/それであと、やっぱりすごく、これは最近発見したいい話だなと思ったのは、モンタレー・ポップ・フェスティバルに、ラビ・シャンカールが出た時に、ラビ・シャンカールが、「葉っぱもタバコも吸わないでくれ」って言ったんだって。
M/それで何をやるって。
T/その時にヒッピーたちは、要はブツがなくても飛べるんだって言って、東洋思想に行ったっていう。
M/へぇ。トランスしたわけですね。
T/トランスですよ。だからそれまでみんな、ガンガン、ハイテンションで、ぶっ飛びながら聞いてた時に、ラビ・シャンカールが出てきて、とにかく「タバコも葉っぱも、おれの時はやらないでくれ」って言って。
M/エルは?
T/エルもやってなかったんじゃない。それでダララランってきて、あれでいっちゃって。みんな、それで東洋思想に一気に走った。 それでね、ジミヘンをステージで紹介したのはブライアン・ジョーンズなんだよな。
M/要するにジャンルを超えたミュージック・フェスティバルっていって。
T/オーティス・レディングは出てたね。
M/オーティスとジミヘンのカップリングのアルバム出てたよね。
T/ああ、出た、出た。片面ジミヘンで。片面…
M/鈴木大拙の本の中に書いてたことで、すごいおもしろかった。1958年ぐらいに、もう「DO IT YOURSELF」って言ってるの。これが結局、パンクの頃まで、ずっと時代精神になる。だからすごいよ、鈴木大拙。息子が、日本で歌謡曲の詞を書いてたって言うんだけど。鈴木なんとかっていうんだけど、だいぶ前、何かで読んで、すごい親子だなと思って。おやじが禅のほうへいって、息子が歌謡曲の歌詞書いてるっていう。名前は思い出せないけども。鈴木大拙読んで、夏目漱石読んで、このへんにはまって、浅川マキとか聞くと、ものすごく先鋭的な感じがするんだよなぁ。
T/あと岡倉天心ですよ。
M/茂木健一郎もいいけど、やっぱ軽い。鈴木大拙、すごいと思うよ。やっぱりエルやってたんですかね。
T/すごいよ、あの人は。だから、昔も話したけど、結局、知的な人はジャンキーにならないんですよ。それはウィリアムズ・バロウズがそうだったし、ギーンズバーグもそうだったけど、自分でLSDとかペヨーテとかハシシとか阿片っていうのを、自分の体で人体実験しても、冷静なんで。
だからドラッグを自己逃避でやった人って、ジャニスとか、あのへんは、結局不安からやるわけじゃない。でも鈴木大拙とかは、自分を高めるためにやるから。
M/宇宙旅行みたいなもんだ。
T/からお酒だって、好きで飲んでる人と、たとえばちょっと差別的だけど、何か忘れるために酒を飲むっていう人の酒は違うじゃない。
M/ミックは鈴木大拙とか読むの。
T/あんまり読まなかったね。
M/意外だったなぁ。イサム・ノグチとか、そういうのが再発見される時代ではあるけど。鈴木大拙、意外だったな。年取るって、いいと思った。そういうものを、もう一回出会えて。夏目漱石とかさ、鈴木大拙とか。一回、子供の時、ちょっと触れてるものでさ。すげえって。
T/この前の、浅川マキの「夜が明けたら」は、自分達が二〇代で聞いてた時の感じが違うとか、やっぱり「市民ケーン」体験みたいなものだよね。僕がよく言う。「市民ケーン」を二〇歳の時に見てた時と四〇で見ると、違うからね。さっきの木曽の話してたんだけど、木曽福島で、木曽節、聴いた時に、なんかすごいきて。やっぱり何十人かで踊ってるのを見てると。そういうのってさ、自分がそんなことするようになるとは思ってなかったわけ。盆踊りが好きだとかさ、なんで木曽節、俺やってんのかな、とか思うんだよ。ほんとに。
立川事務所・飯田 ある種、ちょっと変なトランス状態入りますよ。50人ぐらいで。
T/でも木曽節の静かなのは…
ーーー静かなんですか。
M/鎮魂ですから。
T/こう、こうで(拍手)、こうこうだ。それだけだから。
M/諏訪湖の花火大会も鎮魂なんだってね。
T/鎮魂ですよ。花火はそう。
M/(お店の人に)今日、トウモロコシある?
店員/限定だったんですよ。あの時しかなかったんで。
M/今度、水曜日くれば食べられる?
店員/いやあ、ちょっと。あれはあれで終わりっぽいですね。もう採れた分だけっていう感じだったんで。
T/どこのなんですか。
店員/北海道のトウモロコシでピュアホワイトっていう品種で。一応連絡はしたんですけど、もうちょっとないなぁって感じだったんで。
T/盆踊りっていうのも、小泉八雲が最初に日本に来て見た時は、陰盆でやってる時に、みんなその時の小泉八雲が見た盆踊りっていうのは、いわゆる白い浴衣、白装束に位牌のあれを紙でぶら下げて踊ってたって言うから。
M/降霊術じゃん。
ーーーご先祖様が帰って来てるわけですからね。
T/そうそう。
M/月島の盆踊りがすごいらしいですよ。キツネ憑きみたいに取りつかれて。ずっと踊ってんだって。お祭りって、御神輿のほうが男の祭りじゃない。盆踊りっていうのは子供とか女の人とかの、もうトランス状態になって、ずっと踊ってるって言ってた。
T/木曽節だって、一晩中踊ってたいと思った。
ーーーさっきまでマッドな話だったのに。(第2部参照)
M/だから深化してるの。深くなってるんじゃないですか。癒しとか、そういうんじゃなくて、もっと。
T/だから僕が思ったのは、けっこう木曽節とか聞いてると、なんか「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」とかと通じるものがあるんだよ。
M/子供の時、聞いた時には、ブエナ・ビスタ知らないからさ、なんか民謡で終わってたけど。
T/ねぶた、トランスだからね。僕ら(立川事務所・飯田さんと)、行ってますからね。ねぶた。跳ね子で。跳ね子、すごいよ。
飯田/あれ、すごいですよね。次の日、足動かなかったですもん。
M/たとえば、その時期、東京のミッドタウンで働いてる女の子が、ふるさと帰って、木曽節で踊ってたりしたら、すごいよね、日本ってね。お盆になると、みんな帰るわけだから。それでふるさと帰って、お祭りで、すごいことやってるわけでしょう。それがすごいな。その構造が。
T/前も話したけど、昔、20年ぐらい前は海外がおもしろかったけど、今は絶対日本だな。
M/それは言える。
T/もう絶対日本。
ーーー日本は金かかるじゃないですか。
T/かかるし、やっぱりガイドブックも何もないし。海外は全部あるし、全部マニュアルになっちゃってるじゃない。ロンドンだの。ニューヨークだの。
M/スターバックスないとこじゃないと、だめよ。
T/台湾で、なんか台北からちょっと先に行ったとこに、けっこういい港町があって行った時に、スターバックスがあって、ガッカリしちゃって。MTVとスターバックスって、けっこう共通するものがあるな。
M/だって北京は故宮の中にスターバックス作っちゃった時、終わりよ。
T/あれって、閉めたの?
M/閉めたって言ってたけど。皇居の中にスターバックスがあるようなもんじゃない。
ーーー日本のお祭りが見たいですね。全国の。立川さん、けっこう見てるでしょう。
T/うん。火祭りとか、鞍馬の。なんかプリミティブなものは、ほんとすごいな。
飯田/なんか2時間ぐらい踊ったじゃないですか。なんかいいんですよね。おばちゃんたちの感じも。
M/だから、もしかしたら、日本のそういう良さっていうのは、最初に気づいたのは、ある種の、どのぐらいの人数かわからないけど、白人のヒッピーとか、そっちのほうが入ってる。
T/外人来てたよね。
M/長野とかって、けっこう。筋金入りのヒッピーとかのほうが、そういう情報を持ってるかも。お祭りとか。
ーーー長野県って、あの変な広さがすごい。
M/そうですよね。
T/違う国だからね。だって南信、北信なんていう言葉があること自体、北スペインと南スペインみたいなもんだよ。
M/70年代の初めに、奥村靫正、眞鍋立彦、中山泰がやってたワークショップ「MU」が、よく長野に行ってたもんね。家具仕入れに。
T/ああ、民芸家具。
M/民芸の。だから、その頃からちょっと民芸運動みたいな動きがあった。柳宗悦じゃないけど。今では、それ普通だけどさ。ギンギンの東京のヒッピーが長野まで夜行列車で行って、民芸家具買い付けていた時代があった。
ーーー当時、そういう民芸調の家具ってはやってたんじゃないですか。
T/はやってたよ。話は変わるけど来年さ、ベンチャーズとイベントやんない?
M/この間、近田君と一緒にライブ見に行って。
T/おもしろいでしょう。「スマスマ」に出たら……。
M/そう、それも言ってたね。ドン・ウィルソンが。
T/で、ベンチャーズはスマップの曲やるのに、思い切り練習したらしいんだ。けっこう目覚めちゃって。本人達は、やっぱり今の「青春デンデケデン」の客層はいいんだけど、新しい、何かおもしろいことをやりたいっていうんで、僕が言ったのは「ベンチャーズ・ゴーゴー」。昔のゴーゴーガールがいた頃の、小山ルミとか踊ってた頃の感じのを、来年どこかでやりたい。もう一個あって、歌謡曲とベンチャーズ・フューチャリング・ジャパニーズガールズで、「雨の御堂筋」とか。
ーーー歌謡曲いいですね。
T/もうああいうのばっかりで。
M/ベンチャーズは実はすごい。いろんなミュージシャンが参加して、それでパッケージ組んで。その中にレオン・ラッセルがメンバーに入ってて。
T/レオン・ラッセルって、16ぐらいから、「恋のダイヤモンドリング」ってあったじゃない。あれ、レオン・ラッセルだよ。16歳の時の。
M/あ、あれそうだ。
T/そうそう。それで曲書いてたのが何とアル・クーパー。そしてその後自分で「ディス・ダイヤモンドリング」。ホーン入れてね。
M/ノイズ、本当にノイズだったんだ。でも、ライブ見て、今だとデケデケデケっていうのとか、ドン・ウィルソンのワンコードで掻き鳴らすのっていうのは、まあけっこうすごいな、ぐらいだけど、当時はやっぱり爆音に聞こえたとしたら。
T/タランティーノだよね。
M/その時に妄想的な解釈を僕がしたのが、シアトルの出身なんだよね。出身というか、シアトルで結成してるわけ。バンドが。1958年に。シアトルって、その後、ジミヘンとカート・ゴバーンとか出てくるノイズのすごいメッカじゃない。
で、ボーイング社があるの、あそこは。ボーイング社の本社があって。何回か行ってるんだけど、たとえばネイティブ・アメリカンと話をインタビューでしてると、その上をボーイングがワーッと行くみたいな。絶えずボーイングのノイズがある所で。 その前は、B29、B52って、あれボーイングですよ。ということは軍事産業のメッカで。それがベンチャーズ見た時に、あの音は、たぶんボーイングの。
ーーー自分達の環境の中にあった。
M/B52襲来の。それで恐怖を感じて……
T/考えてみたら、なんかけっこう機関銃っぽいっていうかね。
M/そう。機関銃。テケテケテケっていうのは、今はテケテケだけど、ダダダダッっていうか、機関銃の機銃掃射の音っていうのはあったと思う。編隊組んでやって来た時のワーッっていう音とか、キュンキュンとかっていうのも、焼夷弾のヒューンみたいな音したら、やっぱりあの時、日本の…
T/さすがだね。森永。
M/恐れるよね。DNAに刷り込まれてる恐怖。それで、その後さらに深読みしたのは、あの時ベンチャーズにはまった団塊の世代は、たぶんその後の人生は、最終的には破滅していくんだろうな、みたいな。
T/たぶんベンチャーズにハマったところでね、二つの流れがあったと思うね。「ワイプ・アウト」とかのあっち系と、加山雄三さんの方向に行った二つの別れ道があったと思うんだよね。「ワイプ・アウト」って元々サファリーズのヒット曲だから。リキ・スポーツ・パレスでやったんです。サファリーズね。新宿厚生年金会館ではベンチャーズ対アストロノーツっていうイベントやってた。いい時代だったね。
M/アストロノーツ、すごかったよね。
【第3部 終了】
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