Interview-1

ニコラ・ド・クレシー インタビュー 1

これまでニコラ・ド・クレシーに取材したインタビューを掲載します。第一弾は、『天空のビバンドム』などの著作について、いろいろ語っていただいたものです。
※このインタビューは「ユーロマンガ」や『天空のビバンドム』の巻末に収録されたものです。

『天空のビバンドム』をめぐって

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『天空のビバンドム』のアイディアは、どうやって生まれましたか?
ド・クレシー
この物語は直感的に生まれました。シュールレアリストの芸術家が文章を書く時に用いる方法(自動筆記)のようなものです。まず、夢を見ている時や想像力を休ませている時に思い浮かんだ、強烈で意味ありげなシーンを書き留めます。それから、これらのシーンをつなげ、論理的な結びつきを作り出そうとしました。一種の「work in progress(ワーク・イン・プログレス:創作途中の作品をその制作過程も含めて見せていくこと)」とでも言えばいいのでしょうか。作品のテーマは徐々に現れ、物語が進むにつれて、はっきりとしてきました。
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本作の絵は、一コマずつ完成させていったそうですね。
ド・クレシー
まず、最初のシーンを「想像」し、それを描いてから(最初の6、7ページです)シナリオにとりかかりました。私は、最初はシナリオを曖昧にしておいて、後から厳密にしていくのが好きなのです(これはシナリオ作法としてはおよそ勧められるものではありませんが)。しかし、こうすることで、鮮度が保たれ、想像力は制限されないで済みます。最後にいわゆるシナリオ制作を行います。この段階で、物語を伝統的なやり方で組み立て直し、親しみやすく読みやすくしていくのです。
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『天空のビバンドム』序盤のナレーションはロンバックスが担当していましたが、途中で悪魔がその立場を奪おうとしましたね。これはどういうことでしょう? 権力や支配の移り変わりを感じました。
ド・クレシー
まったくその通りです。『天空のビバンドム』のテーマは権力で、この作品において、最大の権力とは「物語を語ること」に他なりません。政治学では、ずいぶん昔から、権力の獲得は「物語」によってなされるということが知られています。それはつまり、プロパガンダであり、「story telling(ストーリー・テリング)」であり、マーケティングであるのです。それは要するに、効率よく大衆に印象づけ、彼らの同意を得ることができるフィクションや物語ということでしょう。「大衆」すなわち読者は、ここではアザラシのディエゴによって象徴されています。そして、「権力」とは、彼を取り巻くあらゆる力、市長や教授たち、ロンバックス、悪魔などで、彼らは物語をめぐって戦いを繰り広げることになります。
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校長は、小さい人間の集合体で出来ているという驚きのデザインですね。
ド・クレシー
「校長」は市長でもあります。彼は、彼に投票した有権者から構成されていますが、単に彼らのシンボルにとどまってはいません。有権者たちが集まって、実際に市長という登場人物を形作っているのです。この無数の小さな登場人物たちは、たえまなく変化する政治家たちの言葉をも象徴しています。政治家たちは、有権者たちの要望に答えるべく、自分たちの言葉と行動を常に多様にしなければなりません。このようなほのめかし以外にも、私は人間一人ひとりの性格の複雑さを示したいと思いました。人間の性格はパラドックスや矛盾から成り立っています。それをあらゆる人間から構成されている一人物によって表そうと思ったのです。
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興味深いです。ディエゴの友人となる犬は可愛い造形ですが、野蛮なところもありますね。ディエゴも可愛さと滑稽さが同居しているキャラクターです。こういうキャラクター作りも複雑です。
ド・クレシー
それも意識的に行いました。私は主役の性格が二元論的にはっきりしているような物語を読むことに常に困惑を感じていたんです。一方が善で、もう一方が悪というようなね……。そういう理由で、犬を可愛くしてみたました。これは優しさのカリカチュアですが、同時に反対の、すなわち悪のカリカチュアでもあります。私は楽しみながらこういうことをしているのですが、一般に通用しているコードを破壊するという目論みもあります。
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本作では、無垢なるアザラシのディエゴを善(愛)の代表にしたい教育者と、悪の代表にしたい悪魔達の抗争が描かれていると思います。でも善(愛)の側も、必ずしも良い人間ではないですね? そもそも「教育とは、権力を強いることだから暴力の一種である」という考えもあります。そういう意味での揶揄もこめられているんでしょうか?
ド・クレシー
実際、教授たちは権力の側に立っています。「愛」は、「愛のノーベル賞」によって(バカげた冗談ですが)、権力を獲得するための道具と考えられている。「愛」とは、ここでは、教授たちや市長によって完全に中身を空っぽにされてしまった概念で、彼らはこの概念を目的を達成するためのフィクションとして用いるのです。教授たち(彼らは結局無知であることが明らかになるのですが)の奇妙な描写にも、「知識」を所有する人々に見られるうぬぼれや傲慢さ、教条主義、階級意識といったものに対するちょっとしたからかいの気持ちがこめられています。
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なるほど。フランクフルト学派の哲学では、「野蛮は理性によって啓蒙されるが、その『啓蒙』そのものも、やがて野蛮に至るのが人間だ」という考え方があります。悪魔は野蛮ですが、教育者たちも、実は野蛮に見えるところがありますね。
ド・クレシー
私が教授たちに対して抱いているイメージは、野蛮というよりは笑劇(ファルス)の領域にとどまっています。敢えて参照するものを探すとすれば、フランクフルト学派よりは『ユビュ王Ubu roi』(アルフレッド・ジャリAlfred Jarryの戯曲)やモリエールの喜劇に出てくる医者たちではないでしょうか。
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なるほど。それでは本作のヴィジュアル面についても伺いたいと思います。『天空のビバンドム』で驚かされるのは、ページごとに絵柄が違うことです。いったい、どんな画材を使って描きましたか?
ド・クレシー
当時、私は『天空のビバンドム』をグラフィックの実験室にしたいと思っていました。したがって、私が手に入れることの出来た道具はすべて使っています。ベースになっているのは、デッサン用の黒いインクですが、カラー部分については、水彩やカラーインク、アクリル、ガッシュ、クレパス(オイル・パステル)、さらにコラージュも用いています。
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こういう風に、全ページを変えたいと思った動機は?
ド・クレシー
最初は退屈しないためにこうしたのですが、やっていく内にさまざまな技術を習得し、間違いを通じて別の技術を発見することが目的になりました。インクで描いた絵が失敗すると、上からガッシュを塗ってそれを消します。そうすると思いがけず面白い効果が得られるのです。異なった技法を用いると、新しいヴィジョンが得られます。また、シーンの内容がそれで変わることもあります。
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現実には、固有色や素材感がありますが、それを絵に写そうとはしませんよね?そういう意味では何を重視して描きますか? 
ド・クレシー
必ずしもすべての私の本がそうというわけではないのですが、『天空のビバンドム』については、独特な固有の世界を描くために絵が存在しています。強い喚起力を持たせることがその目的です。
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とても自由な画面で、見ていて楽しいです。あなたは「私は呼吸するように絵を描きます」と前に言いましたが、それは具体的にはどういうことでしょう?
ド・クレシー
文字通り、描くことは私にとって、呼吸が自然なことであるように、ごくごく自然なことだということです。一般的に言って、呼吸をしている時に「呼吸をしているかどうか」を問うことはしません。ただ、呼吸する、それだけです。私は絵を描く時に何か自分に問いかけるということをしません。問いかけるとしてもそれは後からです。そうすることで、機能不全に陥っているものを直感的に正すことができます。このように「自然」でいることは大事なことです。絵とは「はかない息」のようなものです。それは制御することと無造作でいることの微妙な混合物なのです。この均衡を見出すことができた時には、それを保つのが一番良いと思っています。
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少し歪みのある線、太さと細さの強弱のある線…こういう描線で描かれた建物がとても魅力的です。日本では建物を描くと写実的になりすぎる場合もありますから。あなたは、この線をどうやって獲得したのでしょう?
ド・クレシー
自由に絵を描くためには、遠近法の規則を熟知していなければなりません。学生時代にわたしは極めてまじめに勉強し、自然をもとに多くのクロッキーをしました。そうすることで、今では建築の形についてかなり豊かなボキャブラリーを獲得し、物の構造や遠近法を尊重しないでも、容易に空間や建物を再構成できるようになったのです。私の絵の中にしばしば規則通りでないものがありますが、それらは生き生きと描かれているので、結果としてはそれで良いと思っています。
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やはり何を描いても、「自分の線でかたどったもの」に見えるようにしたいと思っていましたか?
ド・クレシー
当然のことですが、言葉であれ絵であれ、私が描いた世界は、独創的で個人的なものであってほしいと常に思っています。
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『天空のビバンドム』に出てくる町並みは、どういうイメージで描きましたか? 50年代のニューヨークを意識しているとも聞きました。
ド・クレシー
『天空のビバンドム』に描かれた想像上のニューヨークは、この都市がもしかしたらそうであったかもしれないという幻想にすぎません。ただ、そのイメージが個人的なものになりすぎないように努力はしました。特にベレニス・アボットBérenice Abbotの30年代の写真から多くの着想を得ています。
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『天空のビバンドム』ではピアノの乗り物が出てきますね。他に、あなたのアニメの企画でも、ストリートオルガンを持つ親子の話がありました。楽器の造形は好きなのですか?
ド・クレシー
『天空のビバンドム』では、楽器と乗り物を結びつけたら面白いのではないかと思いました。というのも、私は音楽に歩みというか、ある点から別のある点へと進む語りのようなものを見ているからです。音楽の場合には、登場人物を語りの空間のようなものに置き換えることができるでしょう。登場人物の声を聞くことができない以上、それは想起されることになるはずです。ピアノの形が選ばれたのは、それが車の形に似ているからです。それは同時に、当時私が好きだったシャルル=ヴァランタン・アルカン(一九世紀の作曲家。ピアノ曲で知られる)へのオマージュでもありました。
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色彩についても聞かせてください。1巻では、建物にあたる光のせいか、緑色に染まった風景がありますね。そして、赤の対抗色を入れたりして。
ド・クレシー
風景の色はページによって異なります。私は、背景が登場人物の色と対立しているような色彩の雰囲気を作るのが好きなのです。背景が緑で登場人物が赤ということもあるでしょうし、逆のこともあります。非常にビビッドな背景と薄暗い登場人物の対比ということもあります。
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日本では、デフォルメとリアリティを同居させるという絵がムーブメントを起こしたことがあります。あなたの絵もデフォルメは強いですね。でも、「タンタン」や「スピルー」のように記号的すぎない。
ド・クレシー
私はドイツ表現主義の画家たち、とりわけジョージ・グロス(George Grosz)の影響を強く受けています。風刺的な「デフォルメ」と写実主義的な絵の関係はそこから来ているのでしょう。
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なるほど。デフォルメするために、技法的に気をつけたことはありますか? どうやってバランスを取っているのでしょう?
ド・クレシー
わかりません。私は自分の方法についてあまり考えたことがないのです。というのも、細かく分析すればするほど、自然でなくなってしまうからです。私の仕事はさまざまな領域におけるさまざまな影響の産物です。それが一種のマグマを形成していて、作品という形で吹き出るのです。また、私は常に自分を更新しようとしています。『天空のビバンドム』を描いている時ですらそうでした。しばしば技法を変えながら(もちろん一貫性は保ちつつも)、語りの筋道を多様化しようとしたのです。
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確かにそう見えます。第3巻では彩色をフランス人のカラーリスト、ワルテル(Walter)の手に委ねています。彼はその後、あなたの別の作品『サルヴァトール(Salvatore)』(Dargaud社刊)の彩色も担当していますね。このコラボレーションについて語っていただけませんか?
ド・クレシー
これは新たな冒険でした。先ほど述べたように『天空のビバンドム』はグラフィックの実験室で、最初の1~2巻でほとんどすべての技法を試してしまいました。残されたものと言えば、デジタルの着色を試すことと私以外の誰か別の人、違った視点、違った技法を持った別の人に着色を任せることぐらいでした。そこで、既に仕事ぶりを知っていたワルテルに着色をお願いしたのです。これは挑戦でした。というのも、それ以前の巻の着色がとても豊かなものだったからです。しかし、ワルテルはうまく切り抜けてくれました。彼は(パートナーのユカと一緒に)非常に興味深い仕事をしてくれました。そして、その後、第1巻と第2巻との一貫性を出すために、私が少し手を加えました。おかげで私自身デジタル着色の技術を学ぶことができ、その成果を私なりのやり方で『プロゾポプス(Prosopopus)』という作品で発展させることができました。
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それでは最後に、日本語版を読む読者にメッセージをお願いします。
ド・クレシー
『天空のビバンドム』の日本語版が出版されていることをとてもうれしく思います。正直言うとびっくりしてもいるのです。日本語版が出るというのは大変なことですし、他の海外マンガの翻訳もほとんどないと聞いていましたので。『天空のビバンドム』を描いた数年後、私は日本人によるすばらしい芸術作品にいくつか触れました。特に印象に残っているのは『千の千尋の神隠し』です(この作品は映画芸術の頂点だとすら思います)。私はこれらの作品の中に、ある種のポエジーと現実との絶妙な距離感を見出しました。それは、私が世界について、そして宇宙に対して抱いているヴィジョンとよく似たものでした。私自身、慎ましやかにではありますが、常にそれを描きたいと思っていただけに、この類似をうれしく思ったものです。

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