小林系 綿貫透インタビュー

『notebook』の制作にあたって、著者の小林系と監修の綿貫透にインタビュー。『notebook』の成り立ちを聞いた。このインタビューは「季刊エス30号」に掲載されたものの完全版で、ロングバージョン。

Interview1 ~らくがきから始まるもの~

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今回出版される『notebook』は、小林系さんの日々のらくがき帳をそのまま出版するという企画です。依頼があって描いたものではない特別な成り立ちということもあって、出版の経緯と出来ていく過程についてお話が出来たらと思います。今回の監修者でもあるイラストレーターの綿貫透さんと一緒に、よくらくがきをするらしいですね。まずはそのあたりのお話から聞かせてください。
綿貫
最初にお話すると、系のらくがきが面白いのは、一枚一枚カチッとまとめようという意識が強いところなんです。とりあえず描くんじゃなくて、らくがきですら「絵描きとして責任を取りたい」みたいな姿勢がありまして。
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例えば、らくがき帳の表紙と裏表紙は無地ですが、その何も描いていないところに、自分で表紙絵を描いてますよね。絵を描く「楽しみ」みたいな感覚といいますか…。
小林
そうですね。本来描く場所じゃないところに描く方が、子供の頃、フスマに描いていたのと一緒で、逆に動機が生まれやすいんです。
綿貫
それを描いている時、ちょうど自分もいたんですが、いきなり描き出すんです。
小林
夢二美術館に行った時ですね。
綿貫
カッチリとまとめる緊張感があって、よくやるなあ、と。『notebook』もそうなんですけど。
小林
竹久夢二さんも本の装幀は、そのまま描かれているじゃないですか。それにほだされたところがあると思うんですが。
綿貫
でも、ぜんぜん夢二っぽくないけどね。夢二美術館っぽくはあるけど。
――――――
綿貫さんと出会う前から、こういう風に、らくがき帳に描いていたんでしょうか?
小林
クロッキー帳に筆ペンで描き残すっていうことはやっていました。
――――――
綿貫さんが最初に見たのはいつ頃ですか?
綿貫
最初はあまり見せてもらっていなかったです。ゲーム会社で知り合ったんですけど、少し経ったころに、「こんなのを描いていますよ」って見せられて。その時は、まとまったものではなくて。自分もらくがきは好きだったんですけど、見せてもらって「お前、上手いな」みたいな話はしていたんです。しばらくは筆だったんですけども、仕事が別になって久々に会った時に、今度は『notebook』を見せられて「何これ?!」って。
――――――
それはボールペンで描いたものですよね。
小林
近所で買える普通のボールペンとかです。
綿貫
系は筆ペンも上手いんですけど、「こんなアプローチもしました」って見せられたボールペンのらくがきに打ちのめされたというか…。「何、これ!?」って最初に言いました。『notebook』を見て思ったのは、スケッチブックの四角い「枠」が見えているんだなということです。「手の訓練」というよりは、全体的に思考している感じ。らくがき一枚が完成されているんです。
小林
それは全く意図していないこともあるんですけど、会社とかに通っていると、どうしても自分の絵を描く時間は限られてきますよね。わずかな時間をらくがきに費やすわけですが、その時に、バラバラに何かを配置して描いていても、何かつながりがあるようにしたくなるんです。「作品」にしたくなるというより、その時間を満足するものにしたいというか。ただ、これは個人的にでも見せる人や、逆に見せてくれる人がいないと持続はしなかったかもしれないです。
綿貫
目的がはっきりしているものでもないからね。これで仕事を得たいとか、そういう動機じゃなかったようですし。だから逆にリアクションがないと辛かったんでしょうね。
――――――
なるほど、それで最初に二人が会った時、系くんは綿貫さんの絵も見せてもらったりしていたんですか?
小林
いえ、綿貫さんの絵は「コミッカーズ」やホームページで拝見して知っていたんですが、ご本人と結びつかなかったんですね。だいぶ後になって教えて頂いて、「ああ! あの綿貫さん!?」って。商業誌で絵を描いている方って、現場では珍しかったですから、自分が絵を勉強し始めた頃、雑誌などに載っていた方がそばにいることにまず感激して、ぜひその人の技に触れたいというか…。
綿貫
そんなにしおらしくはなかったですけどね(笑)。
小林
はい。厚かましかったですけど。見せてください、見せてください、って。
――――――
見せてもらった絵は、らくがき帳だったんですか?
小林
まずはホームページと「コミッカーズ」、「デビルマンイラストレーションズ」とかです。
綿貫
あと、ゲーム会社にいたので、「こういうゲームを作っていたよ」っていう。
小林
現場で描いた絵とかを見せて頂いて。「じゃあ、一緒に描きましょう」って、クロッキー帳を席まで持って行って…。
――――――
お互いクロッキーを描いていた同士っていうわけじゃなかったんですか。
小林
そうじゃないです。「一緒に描きましょう」ってクロッキー帳を昼休みに持って行って、綿貫さんもしぶしぶながら答えてくださって。
――――――
二人でどういう風に描いていたんですか?
小林
綿貫さんのデスクで。
綿貫
もしくは会社だったんで、お昼休みに、デジタルでちょっと描いたり。
小林
自分のホームページに載っているデジタルの絵のほとんどは、まさにそういう時間の中で描いたものです。
――――――
「一緒に描こう」といっても、一人一人描くものがあって、描いていたんですね。
綿貫
そうですね、それで系が「もう面倒臭いから、共有サーバーを作って、絵をアップして行きましょうよ」って言うんですよ。「良いよ。」って答えたら、「じゃあ、作ってください」って。「え?俺が!?」という感じでした(笑)。
小林
その頃、パソコンがぜんぜん分からなくて。「共有サーバー」っていう言葉は聞いたことはあったので、それで綿貫さんに「作ってください」って気軽にお願いしてしまって…。
綿貫
彼はとにかく、ぽんぽん描くんですよ、枚数を。ドカドカドカドカ。かなわねえなと思って。で、「綿貫さんはまだですか? まだですか?」って言うんですけど、「うるせえ!」って(笑)。
――――――
そのときは、ボールペンや筆ペンと同時にCGも、お互い両方描いていたっていうことですね。
綿貫
最初は神経質な絵ばっかり描きそうだな、という印象だったんですが…。そのうち筆ペンで面白い絵を描いてきて。仕事はこっちの方が早く終わったんで、しばらくいなくなっていたら、筆ペンの集大成の作品を見せられて、「こりゃ、すげえわ!」。で、またしばらく経った時に、「今度はこんなことをやってみました」って見せられたのが、『notebook』の初期です。
――――――
系くんは、筆ペンとボールペンでは、自分の中で違うことをやっている意識があったんですか?
小林
そうですね。筆ペンの方が先で、大きいサイズのクロッキー帳に描いていたんですけれども、だんだんと仕事とかの流れで、大きいサイズに向かうのが結構しんどくなったんです。で、B5くらいのサイズがちょうど持っていたバッグに納まるサイズだったんです。それで、その時に持っていた画材がボールペンだった。初期の絵には筆ペンのものもあるんですけど、筆ペンって手も汚れるし、本気でやると大掛かりになるんですよ。裏うつりもしちゃうし、乾かないとべちゃっとなっちゃうし。その点、ボールペンは乾きが良くて、描き味もシンプルなので。

インタビュー2へつづく

         

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