小林系 綿貫透インタビュー

Interview4 ~『notebook』が生み出すもの~

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フランスの漫画家メビウスが来日した時にいろんな人の絵を見ましたが、一番喜んでいたのが、この小林系の『notebook』でした。メビウスはびっくりして、何度も「マスターピース!(傑作という意味)」と連呼して。「絵は上手いというのを超えた何かを出す時がある。この作品にはそれがある」と、言っていました。
小林
本当にありがたい話です。
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メビウスの絵もそうですけど、世界の事物をどういう線でかたどるかが描き手の画風を決めたりしますが、そこもあまり決めてしまっていないような、こんな風にも、あんな風にも見て描けるという面白さがあると思います。
小林
自分が移り気なのかもしれないですけど、いつも通りに描いていても、見える世界って日によって違うと思うんです。
綿貫
面白いのが、系は「綿貫さんは絵具の力を信じていますねー!」って言うんですよ。彼がボールペンで何でも描くようになった時は驚いたけど、「そういうことか」と。そういう意味では自分はまだ画材に甘えているのかもしれない。
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「画材を信じていますね」って言ったのはどういう意味で?
小林
その時の自分が調子に乗っていたんだと思います…。でも、なんて言いますか、「本来、絵具ですらないのかもしれない」とか…。「感じているものを表す」っていうのは「もはや絵じゃない」って言われるかもしれないけど、そういう側面があると思うんです。イメージにそぐう形で絵具選びをして、でも頭のイメージを表現しきれない場合は、割り切るしかないと思うんですけど、綿貫さんはさっきも言ってましたが「アナログには無限の可能性がある」という感覚を持っていらっしゃる。絵具がにじんだり、かすれたり、そういったことにミラクルというか、奇跡的な所業があると信じているんですよ。大抵の場合、そういう風にゆだねると失敗すると思うんです。ミラクルはなかなか起きないじゃないですか。
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確かに、自分の中にイメージがあって、それが水彩か、アクリルか、何で表現できるのかは根本的に難しい話だけど、みんな、頭の中のイメージと現実にある画材とで折りあいをつけるんでしょうかね。
小林
逆に言うと、本当に頭の中の想定通りに絵が進んだら、自分としては驚きもないんですよね…。
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なるほど。画材で思わぬことが起こったりする場合は、自分の想像を塗り替えたという意味で、感動する側面もあるということですか。
小林
綿貫さんは「失敗」と「成功」ではなく、「奇跡」という振り幅も信じているんだと思うんですよ。そこをうらやましいと思うんです。自分の中では、ミラクルはそうそう起きないな…と思っているので。
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『notebook』を見ていると、ボールペンをこんな風に使えるのか!? という驚きがありますけどね。
綿貫
ここまでやられると、ボールペンという一つの画材、その狭さの中にこれだけの諧調があるのか、と驚かされますよね。
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ボールペンを寝かせるとこう描けるとか、筆圧で変えていくんですよね?
小林
筆圧と紙の凹凸を合わせると言いますか…。紙には凸凹がありますから、軽い筆圧だと、出っ張った部分だけにインクが乗っかって薄めに描ける。強い筆圧だと、へこんでいるところにもインクが入るという振り幅ですよね。
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もちろんそうでしょうけど、そういう紙の摩擦加減をつかんでいるのが驚異的ですね…。それで今回は、そのような繊細な絵を、印刷でどう再現するかが大変でした。『notebook』は原画の迫力が凄いので、その生っぽさを出さないと意味がない。印刷所がかなり頑張ってくれました。例えば人物の髪の毛は黒で刷っていても、ボールペンで薄く塗っている頬などは、そこだけ抽出してグレーで印刷する。印刷所の人がデータ上で顔の部分を切り抜いて、違うインクを乗せる部分を作成する。版画のように手作業で版を作るんですよね。黒インクも数種あるのでインクの種類も試したり。
綿貫
確かに、見たままの印象に近い方が良いという話はしていましたけど、印刷見本を見て、びっくりしました。
小林
色見本は部屋に飾っています。
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印刷に関しては、このホームページの中でも、写真付きで詳しく紹介しています。印刷所が作ってくれたテスト校正は凄かったですね。印刷所も原画を見て驚いて、なんとか再現しようと、やる気になってくれたんです。そういうテストが印刷作業のピークでした。
小林
編集者の天野さんにとって、『notebook』のピークはどこでしたか?
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聞き手が語るのも恐縮なのですが、私は絵を一番理想的に楽しめる方法をずっと前から探しています。例えば、絵描きが画集を出す時は、五年や一〇年かけていろんなところの仕事を集めてやっと一冊になる。それをやるか、一枚絵ではなくて毎月マンガを描いてまとめる方法しかない。そこで、小林系の『notebook』は、一枚一枚の絵には見ごたえがあって、ページをめくると別世界がどんどん生まれてくるような「パノラマ体験」があると感じたんです。パノラマって、目の前の景色が一瞬にして変わる「トンネルを抜けたら雪国だった」という体験ですよね。それは映画でも良いシーンになるところですが、『notebook』のページをめくっていると、それが感じられるんです。普通の画集だったら、バラバラの絵が集まっているし、小説の表紙という同系統の型が並んでいる構成だから、そういう驚きは味わいにくい。でも『notebook』は一枚一枚ページをめくって出会う驚きや感動があって理想的だと思いました。しかも起承転結や物語の展開に負ったものではなく、ただ一枚絵のめくりで感じられる楽しみなので。それをそのまま伝えたいという思いですね。
綿貫
偶然かもしれませんが、カラーでこってり描いていると流れが止まるし、ボールペンであることのおかげで、上手い具合に漫画でもないし、絵本でもないんだけれど、続きものであるという作品になったのかもしれないですね。それこそ、自分もバンデシネ(フランスの漫画)が好きなんですけど、見るけど、絵が詰まりすぎてて読めないんですよね。でも『notebook』は読むものではないんだけど、流れがある。「絵をこんな風に見てみたかったよな」と思える作品だったと思います。
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描いている側としては、次のページをどうするかは考えているんですか?
小林
次に何を描くかは、考え付くまで描かないというのが許されていたので、「あ、あれを描こう」と思ったら、迷わず次のページを描いていましたが、途中で流れものになった時は前後を意識し始めました。その前の段階だと、よくページを飛ばして描いちゃったりして、「まずい、空いているからここに描こう」って思って描いたりしていたんですが、流れものでそれをやっちゃうとまずいんで、慎重にページを飛ばしてないか見返してやっていました。描き連ねて行くものであるという意識が強くて。
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次に何を描くかは、漫画のように物語があれば、ある程度予想がつきやすい進め方ができると思うんですが、一枚絵の場合だと、このシーンの次に何が来るのか、って決めにくい気もしますね。何を持ってきても良いのかもしれないけれど、やっぱりつながっているものだから。
小林
本当に行き当たりばったりで、アイディアがどうしても出ないけれど何か描きたいという時は、前のページからヒントをもらって描いていました。
綿貫
やっぱり悔しいのは、話が良かったとかではないのに、面白かったと言うしかない部分ですね。絵本や漫画ほど物語を読むことに注力しなきゃいけないわけではないし、絵を見るのが大好きという人にしか分からないほどマニアックな絵でもない。親戚のおばさんにも通じるだろうという安心感がある。「絵を描くのは楽しいよね」っていう気持ちを共有出来る気がするんです。
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系くん自身は、描いていて辛い時もあったと思うんですけど、描くことの楽しみが『notebook』を通して伝わればいいなと思います。
小林
今回のことは、まず綿貫さんが『notebook』の魅力を分析して評価してくれて、天野さんが、自分を含めて綿貫さんの気持ちに答えてくださって、印刷所さんやデザイナーさん、その他の方々のお力に包まれて、本当に幸福なことだと感じています。
綿貫
確かに正直、印刷所の方々がここまでやってくれるとは思わなかったですし、そこは驚きの連続でした。ただ恐縮するしかないという事態になりました。みんながみんな全力疾走して、ゴールまで持って行ったという気がすごくしているんです。このご時世、いやどのご時世でも、こんなに全員が全力疾走している姿は見れないと思うので。
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系くんも、今後も絵でやって行こうという気持ちが出来たら嬉しいと思います。
小林
今はありがたいとしか言いようがありません。
綿貫
いろんな見解があるかもしれないけど、正直これだけやって出せないんだったら、自分も絵描きとして、今後出る幕がないという感覚だったんですよ。そういう意味でも、こういう着地点があって良かったと思っています。
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そうですね。『notebook』が刊行できて良かったです。いろいろお話くださって、ありがとうございました。

終わり

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