小岐須雅之画集「PHENOMENON-フェノメノン-」


小岐須雅之
『INTERVIEW』

Vol.2 NYで仕事を得て今に至るまで/好きなもの色々

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おおっ!「marie clare」の編集長から連絡がきたのは、ニューヨークに行ってどのくらいの時期だったんですか?
小岐須
1年半くらいの頃ですね。それで編集長に呼ばれて、「marie clare」の編集部に行くことになりました。向こうはフランス語まじりの英語だったので、何を言っているか判らないんだけど、何なんだろう、と思いながら。そしたら、実はアナが、僕のあげた絵を自分のオフィスに貼ってくれていたみたいで、それを見た「marie clare」の編集長から仕事が来た、という流れだった。実際に編集部に行ったら、服をガーッと並べられて、7ページあげるから服の絵を描いてくれ、と。「7ページもくれんの!? え? 仕事!?」と思って。僕は日本語まじりの英語だし、向こうはフランス語まじりの英語なので、苦労してコミュニケーションを取りながら一週間徹夜続き。その頃はダーマトで一発描きした絵をコピー機で反転したり拡大して遊ぶ、という絵ばかり描いていたので、その手法で描いて。
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コピー機を使うことでノイズがかかるわけですね。
小岐須
そうです。そうやって描いたものを提出したら、「marie clare」に俺の絵が載って。で、アナからも2ヶ月後くらいに「絵を描いて」と連絡がきて。なんだか不思議な感覚でしたね。で、よくよく考えたら、「ここ、ニューヨークじゃん」と思って。電話とFAXがあれば、ニューヨークじゃなくても、どこでも描けるじゃないか、と思ったんですよ。それで、帰って日本でベースを作ろうと思ったんです。
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その頃は、いわゆる、今の小岐須さんのタッチとは違う絵も描いていたんですか。
小岐須
全然描いてましたよ。描ける仕事なら何でもやろうと思ってたから。こだわりは、とにかく捨てようと思って。仕事を選んでる場合じゃないな、って。そうこうするうちに、「coigirlmagic」(01)のポスターの仕事がきて、『ルー=ガルー』(01)の表紙の仕事もきて。いろんな仕事が一気にきました。なんか数珠つながりで同時期にポーンときて。ニューヨークで個展(00)をやらないか、という話もその頃でしたね。だから初めての個展はニューヨーク。すごく嬉しかった。
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確か、『ルー=ガルー』の絵は、お友達のお家にひきこもって描いていたとか……。
小岐須
実は、その前の代官山の個展(01)の絵も、1週間、6畳2間の友達の家に居候して描いてました(笑)。妙に落ち着くんですよ、そいつの家が。1週間前くらいから、そこにこもって、もう受験勉強みたいな感じ。「メシ代は出すから!」と、ずっとふたりでココイチ(笑)。毎日14時間くらい描いて、52点描きました。そのあとに『ルー=ガルー』があったから、またその友達の家にこもって。なんでかと言うと、僕はまだその頃、Macを使えなかったんですよ。そいつの家に行って、指示しながらいじってもらって(笑)。その間ずっと、資料や画材を小さい机の上に広げて描いてましたね。『ルー=ガルー』の絵を好きだと言ってくれる方は多いんですけれど、僕はその部屋しか思い浮かばない(笑)。
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なるほど(笑)。『ルー=ガルー』は今回の画集『PHENOMENON-フェノメノン-』と同じ、祖父江慎さんのデザインですが、その頃に、ちょうど祖父江さんが代官山の個展に来てくれそうですね。
小岐須
そうですね。すごく嬉しかったですね。
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『ルー=ガルー』はお友達の家で描いた作品ですが、それに限らず、出先で絵を描くことも多かったとか。
小岐須
常に「どうしようかなぁ」とアイディアは考えていたので、「coigirlmagic」のラフもファミレスの紙の裏ですもん(笑)。色々描いて、「僕はカモノハシと戯れている女の子が良いんですけど、どうですか?」って訊いたら、「そこのギター背負ってる女の子で」って言われたので、それを描き起こして。だから、こんなんで良いのかなぁ、って思いましたよ。要はイラストレーターとしてシステム化してないんですよ。使う画材もきっちり決めていたわけじゃなくて、ただ手元にあるもので描いていた。鉛筆と擦筆(さっぴつ)だけはずっと使ってましたけど。
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擦筆は、どういう経緯で使い始めたんですか。
小岐須
何か指でこすって使える画材は無いのか…と思っていた時に友達に教えてもらって、そこから使うようになりました。擦筆はニューヨークの頃から使ってますね。
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じゃあ、最初の頃は鉛筆と擦筆とダーマトという感じだったんですか。
小岐須
いや、でも本当に色々ですよ。それこそパステルも絵具も使ってたし、ひとつの絵にいろんな画材を使ってました。基本的には偶然性。これを塗ったら、これをはじくかな、とか。本当にいろんな画材を使って、行き当たりばったりで描いてましたね。だから画風が固定されている感じじゃなくて、そこに関しても、「これで良いのかなぁ」と思ってました。
――――――
とは言え、『ルー=ガルー』も「coigirlmagic」も、今の面影はあるというか、小岐須さんの絵だと、わかる絵ですよね。
小岐須
でも自分では、そう思ってなかったんですよ。それに勢いで描くので、基本的には消しゴムを使ってなかったんです。本当に一発描き。目標にしているイラストレーターとかもいなくて、そもそもイラストレーターにどんな人がいるのかも全然知らなかった。好きだったのが、全然自分の絵柄と遠い寺田克也さんだったから、真似して描くということもなくて。
――――――
寺田さん以外に好きな作家さんは、いましたか。
小岐須
イラストレーターじゃないんですけど、棟方志功さんはすごく好きでしたね。20代の頃に棟方志功さんのドキュメンタリー番組を観たら、もう一心不乱で描いてるんですよ。そこに感銘を受けたというか。あの人も絵を勉強したわけじゃなくて独学じゃないですか。僕も特に勉強していたわけじゃなくて、ただただ描いていただけだったので、そのドキュメンタリー番組を観て、泣いちゃったんですよ(笑)。あとは竹久夢二さんも好きでしたね。女の人を描いていると、やっぱりそこは通るかな、って。なんか艶っぽいじゃないですか。そして、あの人自身の女性遍歴もすごいじゃないですか。なるほどね、と思いながら(笑)。
――――――
日本舞踊もされていたし、わりと和のものがお好きなんですね。
小岐須
そうですね、浮世絵や日本画も好きだったし。だからイラストレーターというよりは、昔の人の絵を見ていました。ファッションイラストレーターだと、アントニオ・ロペスも好きです。だからと言って、その人達を真似するほど器用じゃなかったんですよ。あとは上村松園さんとか……エンキ・ビラルも好きだった。結構、バラバラですね(笑)。もし共通点をあげるとするなら、絵を描くのがすごく好きだった人達。取り憑かれるように描いて、家族が破綻しちゃっても、それでも描いているような人達かなぁ。
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そういう絵描き達の精神性に共感する、ってことでしょうか?
小岐須
周りを省みずに描いているような人達ばかりですね(笑)。でも、初めは絵を好きになって、後からバックグラウンドを知ることが多いんですけどね。
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なるほど。あとは、アニメもお好きですよね。
小岐須
だから、モード系のファッション誌の絵もアニメを観ながら描いてたりしますよ。「marie clare」の絵も『神秘の世界エルハザード』というOVAアニメを全買いして、それを繰り返し観ながら描いてました。大体アニメを観ながら絵を描いてましたね(笑)。じゃあ、そのアニメと絵がリンクするかと言えば、全然リンクしなかった。『ルー=ガルー』の時は友達の家のケーブルTVで『妖獣都市』を観ながら描いてました。
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アニメベスト3とかあるんですか。
小岐須
3まで絞れません(笑)。それこそ、「季刊エス」でおなじみの新房監督だったら、『てなもんやボイジャーズ』っていう、昔のOVAがすごく好きで。あまりに好き過ぎて、昔、「H」でオススメアニメ10本を選ぶ仕事をもらった時も『てなもんやボイジャーズ』は入れました。絵もすごい綺麗だし、SFギャグアニメって感じで本当に面白かったですね。やりたいことやってるなあ、って。
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アニメを観ながら、ああいうスタイリッシュな絵が生まれてくるのが面白いですよね。マンガも結構、読んでましたか?
小岐須
マンガは最近はあまり読まなくなっちゃったんですけど、未だに「ジャンプ」は買ってますよ、基本的にジャンパーはジャンプ依存症という病気なんで(笑)。僕、小2から読んでますもん。ニューヨークにいた時も、「ジャンプ」だけは、毎週必ずミッドタウンに行って買ってましたね。「ジャンプ」のために食費を削ってたくらい。そもそも子供の頃は、出ているマンガ雑誌を弟と一緒にほとんど買ってました。週刊誌のみならず隔週刊誌、月刊誌まで。お金が追いつかないんで、やめよう、ってことになったんですけど。
京極夏彦 「ルー=ガルー」(徳間書店) 2001

京極夏彦 「ルー=ガルー」(徳間書店) 2001

「coigirl magic- VIVA YOU」2001

「coigirl magic- VIVA YOU」2001