Interview

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スペシャル座談会 堤大介 寺田克也 上杉忠弘 丹地陽子

スケッチトラベル企画者の堤大介と、参加作家である寺田克也、上杉忠弘、丹地陽子のスペシャル座談会! 全三回に分けてお送りしていきます。

Vol.1
一冊の赤いスケッチブックを受け取って……

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まず、堤さんにお聞きしたいのですが、『スケッチトラベル』の参加作家はどうやって決めたんですか?
この企画を始めた時に、まず僕とジェラルド・ゲルレで「夢のリスト」を作りました。それは単純に、「この人達に描いてもらいたい」と思った人のリストです。絶対に無理だろうという人も含めて、半分遊びのつもりで…。でも最終的には、縁で繋がっていきましたね。もちろん夢のリストすべてが実現したわけではないですが、まさかこの人が…という縁もありました。日本人の作家さんに関しては、まず上杉さんにお願いするところから始まりました。上杉さんとは、スケッチトラベルを始める前に一度訪ねて行った事があって、そこで知り合ったんです。その時アメリカでは、僕らのようなアーティストの間で“上杉アート”の影響がかなり大きかった。変な話、上杉テイストの絵柄が蔓延していたぐらい。それで、すごい人だという認識があったんですが、ちょうど知り合う事もできたし、是非お願いしたいと思ってスケッチブックを持って行きました。上杉さんと丹地さんの繋がりは知っていたので、既にその時には丹地さんにもお願いしようという企みがあったんですけどね(笑)。僕は、アメリカで丹地さんの展示などを見ていて、ファンでしたので。で、上杉さんや丹地さんにお会いした時、「寺田さんにも頼んでみたら」という話になって…。まさか寺田さんが参加してくれるなんて考えてもいなかったので、ちょっとびっくりしましたが、まさに縁ですね。紹介してもらう事になったんです。そして宮崎駿監督ですけど、彼は夢のリストに最初から入っていて、僕の中で勝手にフィナーレを飾ってもらうという構想になっていた。でも、どう考えても無理だろうなとも思っていました(笑)。最終的には約五年このプロジェクトを動かしている間に、なんとか繋がりを辿ってお話をさせて頂いて、実現したわけですけどね。
───
上杉さんは、この企画の話を聞いた時、どう思いましたか?
上杉
僕が堤さんから聞いた時は、まだこんな大事になるような話ではなかったんです。もっと短期間で終わるという話だったし、ただスケッチブックに楽な気持ちでスケッチするだけ、みたいな(笑)。ね、堤さん?
そうでした(笑)。
上杉
だから僕も何の気負いもなく、「ちょっと描いてみるね」と言って…。たしかあれは、僕の家に堤さんも含めて数名で集まっていた時だったけど、ふらっと自分の部屋に入ってその場でスケッチしたんです。酔っぱらった状態で(笑)。
寺田
たしかに、あの時はすごく気楽なノリの企画だと思っていたもんね。堤くんもそういう感じだったし。
丹地
でも、やっぱり皆が描いていくうちに、どんどん相乗効果で気合いが入っていっちゃったんですよね、きっと。「他の人に負けられない!」って(笑)。
上杉
それは堤さん、想定していたんですか? きっとだんだん競争心も湧いてエスカレートしていくだろうって。それを狙っていた(笑)?
うーん、どうでしょう。まぁ、ある程度は狙っていたと思います(笑)。
───
そうだったんですか(笑)。では、丹地さんはどうでしたか?
丹地
私はもう、自分が描く段階ではすごくハードルが高いなという意識はありました。私なんかが参加してしまって良いんだろうか…という不安も抱きつつ、何を描こうかと考えましたね。前の人達の作品を見たって、そもそも最初のレベッカ・ドートゥルメールの絵がすごすぎて、「こんなの全然参考にならない!」と思ったし(笑)。最初はまったく違うものを描いていたんですよ。でも、それを途中で消して描き直したのを覚えています。
───
その後、寺田さんに渡るまでは、だいぶ時間があったんですよね?
寺田
そうですね。二年くらい空いていたんじゃないかな。オレは時間かけて描くつもり満々だったのに、堤くんの都合で中一日しかないと言われて(笑)。だから、「もうやるしかない」と腹をくくって、夜中に一発描きで仕上げました。企画の話を聞いた時、色々な人の生の絵が集まるなんて、それはもう純粋にすごく楽しそうだなと思ったんですよ。だから、オレも気負わずに楽しんで描こうとは思いました。とは言え、既に描いてある他の作家さんの絵をついつい見ちゃうから、気負わないというのはなかなか難しかったですけど。
───
描いた絵に、何か込めたメッセージなどはありますか?
上杉
いや、もう酔っぱらっていたんで、そういうのはないです(笑)。ただ、楽しんで描きました。
寺田
酔っぱらって描いたのに、ちゃんと“上杉絵”になっているからすごいよね。でもオレも、そういうテーマとかメッセージとかは考えずに描きましたよ。逆に、「何も考えないようにしよう」という事を考えたかも(笑)。自分のスケッチブックだと思って、自由に落書きした感じです。
丹地
私もそうですね。自由に、思いついたものを描きました。
───
ちなみに、この赤いスケッチブックを絵のどこかに入れる、というのはルールとしてあったんですか?
丹地
いえ、誰かが途中でやりだしたんです。そうしたら、皆それを続けていったという。私も、特に何も言われていなかったけれど、先に描いている人のを見て真似して入れてみました。面白いなと思って。
───
堤さんは、皆さんの絵を受け取った時、どう思いましたか?
寺田
がっかりした(笑)?
そんなわけないでしょう(笑)。感動しましたよ。皆さん「何も考えないで」とおっしゃってますけど、それぞれの個性がしっかり出ていて…。うまく言葉で説明できないんですが、自然体で自由に描いたからこそ、そのまま描いた人の人柄がにじみ出ているようで、それがとても嬉しかったんです。絵がどうのこうの、という以上に、人と人との繋がりという事がこのプロジェクトの大きなテーマでしたからね。
───
堤さん自身は、自分がいざ描くとなった時、どうでしたか?
僕は、もう最後の方だったので、実は正直みなさんのように「何も考えず自然体」という状態で描く事は出来なかったんです(笑)。ものすごいプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、なんとか描き上げたという感じでした。やはり主催の当事者であるという事もあったし、これだけの人達が描いてきてくれて、自分がいいかげんなものを描いては失礼になってしまうという思いもあって…。そういう、僕が感じていたこのスケッチブックに対する恐怖心を、絵に表してみました。皆さんが描いてくれた絵をコピーして、それをコラージュでモンスターにしているので、ある意味ズルしたような感じに見えるかもしれないですけどね(笑)。そういえば、一個エピソードがあるんですよ。このスケッチトラベルのルールに、「次の人に絶対に迷惑がかからないように」というのがあるんです。つまり、次のページに影響するような画材は使わない、という事。僕は自分の一番得意な画材は油絵具なので、それで描いたんですが、見事に次のページにハミ出しまして(笑)。しかも、次はフレデリック・バックだし「やばい!」と思っていたんですが、バックさんはご自分で修正液で白くなおしてから描かれたんです。そうしたら、今度は逆にその修正液が僕のページにちょっとハミ出していた、という(笑)。
寺田
ちょっとやり返された的な感じで、面白いね(笑)。