第一回 マチ弁、かく語りき

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弁護士ひとすじ33年

 

今回の登場人物:

◆話し手=加地修(弁護士)

◇聞き手=北尾トロ(調査人)

・写真=寺澤太郎

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 東京の一等地、赤坂の古ぼけたビル。赤坂溜池法律事務所は、場所の持つ派手なイメージとは裏腹に、いたって地味な佇まいを見せていた。ぼくは仕事で刑事事件の裁判傍聴をすることが多い。だが、弁護士の仕事の実際は、民事事件に関わることの方が多いという。町の弁護士(マチ弁)を標榜する同事務所代表の加加地修の仕事ぶりはどんなものか。耳かっぽじって聞いてみようとドアをノックした。

 事務所はこざっぱりして、手前に経理などのスタッフ用デスクが3つほど。奥に加地弁護士と、若手の藤堂武久弁護士のデスクがある。応接室に案内され、スタッフが運んできたお茶を飲みながら、大きめのテーブルに椅子があるだけで装飾品もほとんどない部屋を見回す。依頼人はぼくと同じくまずここへ通されるだろう。であれば、重厚さであるとか、威厳であるとか、弁護士事務所としての?格"を示すようなものが飾られていても不思議ではないと思うが、そうしたものは何もない。依頼人にプレッシャーを与えないための配慮だろうか……。そんなことを考えていると加地弁護士が現れた。

 

地道にするしかない営業活動

 

◇今日はよろしくお願いします。弁護士さんって、ぼくは普段傍聴席からながめているわけですが、世間的にもすごく偏ったイメージを持たれていると思うんですよ。弁護士事務所がどんなところかということも含めて、ほとんど知られてない。まず加地さんの普段の仕事を教えてもらえますか?

◆大体うちの事務所ですと、民事事件が大半です。もう90%以上。現時点では100%近いと思いますね。依頼者ですか? だいたいはウチにきた依頼者からの紹介です。

 たとえばだれそれさんから電話がかかってきて、自分の知り合いにこういう人がいると。その人は、こういうことで困ってるから話を聞いてもらえないかと。それが大半ですね。

◇弁護士事務所って沢山ありますけど、だいたいはそういうものだと思ってよろしいですか?

◆そうだと思っていいと思います。

◇自分から営業というんじゃなくて、わりと待っている?

◆そうですね、あとは一般的な営業というと、よくテレビとか電車の広告で、債務整理の営業がありますね。

 あとは、うちでせいぜい宣伝してるというと、ホームページをつくることと、自分の顧客の名簿がありまして、顧客にあてて、年に2回くらい事務所報をおくると。

◇それは以前裁判を担当した……。

◆そういうのが多いですね。

◇なるほど。……特殊ですよね。たとえば、普通の商売ですと、お得意さんにDM送ったりするけど、一緒に戦って、一段落した人に送ると。

◆そうですね、あとはなかには私が依頼を受けた、刑事事件の被害者、民事事件の被害者もいます。ときには名刺交換したなかで、そういう事務所報をおくっても大丈夫だろうなと思われる人に送ったりしますね。よろこんでもらえるかなとか思ったりして。

◇大丈夫じゃない相手もいると。この人はやめておいたほうがいいかな、っていうのはどういう人ですか?

◆たとえば、代表取締役っていうんでしたら、文書がその人に直接いくでしょう。でも営業のひとだと、転職とかあるでしょうし、そういうのを考えて、おくらないほうがいいかなと思ったり。

◇弁護士事務所から封筒がくると、周囲の人に誤解を受ける可能性があったり。

◆そうそう。あちらがイヤだと思わない人に、って考えますね。

◇封書ひとつ送るのにも受け取る人の立場や気持ちを配慮してやると。やっぱり相当変わってるというか、普通の商売とは異質ですね。

◆違いますね(断言)。

 ですから会社の名刺をくれるじゃないですか、どこか外で会う場合は。個人の住所を書いてある名刺だと自宅に届きますが、会社に届く場合は気を使いますよね。その人が社長でしたら、社長同士だから問題ないだろうと。事務所報を送ることには、もしまたなにか困ったら、あるいは身近に困っている人がいたら依頼くださいというメッセージが、こめられてるわけですよ。そういう書き方はしてませんけどね。「最近はどうですか?」とか、「ホームページをつくりましたよ」とか。いまだったらどこの事務所でも地震のことが書いてますけど……。まあ、多くの弁護士事務所は営業と言っても、そういう地味な活動をしていくしかないんじゃないですかね。

◇露骨な営業じゃなくて、ニュースレターのようなもんですね。「割引しまっせ」(笑)みたいなんじゃなくて。ということは実際10の依頼がくるとしたら、そのうちどれくらいが新しい人ってことになりますか?

◆まあ、ほとんどがそうです。特に個人のかたは、一回限りが多いですよね。会社の場合は、何度も相談が来ることはあります。事業をやっていくなかで、今日はこういう相談をしたいとか。悪いことばかり相談にくるわけじゃなくて、こういう契約書をつくりたい、というようなものも、会社ですとわりとありますんで。

◇じゃあこちらでは、企業の顧問弁護士みたいなのもやってるわけですね。それで現在は何人のスタッフで?

◆若い弁護士がいて、私がいて、リーガルコーディネーターをしてる女性がいて、あと女性の秘書が二人。五人ですね。ちっぽけな事務所です。ここでもう20年くらいですかね。

◇5人の規模だとちっちゃいんですか? 日本で大きいところってどれくらいの規模なんでしょう。

◆300人とか400人とか。

 

弁護士の修業時代

 

◇へえー、そんなに。それは知りませんでした。加地さんもそういうところから独立して?

◆私の場合は、ボスがいて、秘書が二人くらいいるところで勤務弁護士して、4年で独立しました。

◇4年で独立なんて早いじゃないですか。

◆早いのかどうか……。私らの頃は――30何年くらい前になりますけど――3〜4年くらいで独立することが多かったですね。

◇最初に先生のところにいって……よく「イソ弁(居候弁護士)」って言いますけど、あれとは違うんですね。

◆ええ。イソ弁は、事務所の持ってる仕事をやりながら、そのノウハウを蓄積していくということになりますね。

◇弁護士の場合、司法試験に合格したら弁護士はできるけど、いきなり事務所を開いても、お客さんはゼロですよね。

◆そうですし、ノウハウもわかりませんから。だからそういう経験の多い弁護士さんのところで経験をつんでいくんですね。イソ弁をやるっていうのはわりと普通のことですよ。

 ただ、いまは弁護士の数が増えてね、それで、勤務する場所がない。そういうことで、どこにも勤務先がなくて、即独立して弁護士稼業をやるとかですね、そういうケースもあります。雇ってくれないと。特に東京とかはね。地方に行けば、まだ(雇ってくれるところは)あるわけですけどね。そういうのは弁護士の中ではいまニュースになってますよね。

◇確かに司法改革で、ゆるくなったんですよね。で、司法試験合格者が増えたけれど受け入れ先がなかった。でも「法テラス」(注1)は受け入れてるわけじゃないんですか?

◆法テラスは受け入れてるわけじゃなくて、登録しているひとに、仕事を分配している。昔は一部、弁護士会がやってた仕事を、法テラスがやっていると。

 そうなると、どちらかというと法テラスには若い弁護士さんが登録して、割当をもらって――国選と同じですね。そうすると、私らの目からみると、あんまり熟練してない人が相談にのって、それがまた問題になるんじゃないだろうかな、と思われるような、そういうことを心配はしてますけどね。

◇経験不足の若造では、依頼人は不安かもしれない。

◆いや、若造でも良いことは良いんですね。日本の裁判は、北尾さんもご存知のように、有罪を認めている被告人が多いですから、そこから先、被害者と示談するとか情状を一緒にやるのは、若いほうが一生懸命やるし、経験になるので。だから同じ国選をとってる人でも、年配の弁護士より、若い人のほうがまじめにやるという傾向は、一般論ですけどあるわけですね。

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こんな案件は引き受けない

 

◇刑事事件の話になりましたが、加地さんも国選弁護士をやったことがあるんですね。弁護士はあらかじめ刑事専門、民事専門に分かれているのではなくて、両方やりながら自分なりのスタイルを固めて行く、と。

◆ええ。刑事専門の弁護士もいるにはいるけど、だいたいは民事をやるよね。とくにいまは、そうしないとなかなか食べていけない。

◇そんなに大変なんですか。一般的なイメージですと、弁護士はエリートってことになってます(笑)。だって、超難関である司法試験に苦労して合格するわけですよね。何年もかかって、やっと資格とって、だからさぞかし実入りのいい、楽な仕事なのかなというイメージはいまだにね。あると思うんです。ちょっと実像とはちがってますよね。かつてはそうだったっていうことはあるんでしょうか?

◆いやあ、我々がイソ弁やってたときのボス――「(弁護士登録)何期、何期」って聞いたことありますか?――10期(1958=昭和33年)くらいの人はですね、我々の時代はよかったと、そういう話をしてますよね。「君等はかわいそうだね」って。でも私らの経てきた時代は、いまの若い人に比べれば良かったと言えると思いますね。

◇じゃあ段々悪くなったと。仕事の取り合いみたいな。

◆そうですね。一般に、一年ごとの事件数は減ってると思いますね。どれくらい? どうだろう、訴訟になる事件と、訴訟にならない事件がありますから……私のところは少ないですよ。本当に丁寧に事件をやりますから。数をこなすんじゃなくて、ひとつひとつエネルギーを費やしていきますから、あまり沢山引き受けられないっていう……年間30件くらいじゃないですかね。

 多いところはもっと多いよ。いわゆる掛け持ちして……ウチはそれはあんまりせずに、一個終わって次、みたいな感じで。経営を安定させるには、顧問弁護士になって、会社から毎月いくらっていう顧問料をもらってやっていけば、安定しますよね。

◇訴訟の場合は、成功報酬なんですか?

◆着手金をまずもらいますよね、それはだいたい金額の6%くらいでしょうかね。で、今度は勝った場合に、勝訴した金額の15%くらいですかね。負けたら? 負けたらそれまでです。

 だからどうでしょうね……私なりの解釈の仕方ですけど、「取れたら半分あげます」とかっていう話が、何年に一回か持ち込まれるわけですね。やけに条件のいい仕事。でも私は、そういうのを受けません。うさんくさい。あとひとつには、勝って5割ももらうのはやっぱり心が痛みます。どうせ勝っても、いざとなればあれこれ言ってきてもらえないことだってあるから、最初から着手金、成功報酬という形でもらっていくほうが安全だと。それから、ダメもとで依頼してくる筋のお客さんはやりたくない。「成功したら5割」というけど、だめだったら払わないんだからいいんだっていう、わりと筋の悪い事件がくることになります。私の経験からいってね。だから受けないです。

 

追い込まれたら、人間は嘘をつく

 

◇事務所としての専門ジャンルはあるんですか?

◆わたしのところは……、町のお医者さんが内科を中心に、どこまでいくんでしょうかね、皮膚科くらい、までやってるように、わたしのところでは、相続とか、離婚とか、お金を貸した、返してもらえないっていう貸金の請求から、会社では売掛金請求とか、それから最近この地震で倒産した会社の整理とか、いまそういうのが増えてますから、そういうあたりはやりますね。

 最近は刑事事件はやってません。国選は正直言って、法テラスの手続きをするのめんどうくさいんですよね(笑)。だから若い人にやってもらって。私選できたら受けますよ。うちの若いのは、法テラスで受けてきますね。そういうのはアドバイスしたりしますね。でも自分では国選はとりません。

◇あのー、一般的には刑事事件の、注目される、たくさん報道される事件で、たとえばいい情状酌量をとるとか、そういうのが弁護士の勲章みたいなところあるじゃないですか。刑事弁護が専門とか、好きな方とかいますよね。そういう方は戦うのが好きだし。でもそういう方は本当に食えないよって、必ず言いますね。国選なんて食えないよと。

◆ははは、まちがいないですね。

◇でも、加地さんは若いうちは国選もやっていたほうがいいと?

◆(間髪入れず)思います。

 まあいろんな物の考え方があるでしょうけど、やはり弁護士ってのは人間を見ていくんだろうと思うんですね。民事事件だろうが、刑事事件だろうが、人間を見ている。そういう職業だろうと。

 たとえば民事で困ってる。何に困ってるのか。お金をとってほしいと言ってですね、裁判では損害賠償として、お金を回収する仕事を依頼されるけれども、本当は、そういう風に形を変えているけれども、相手を謝らせたいと、どうしても気にいらないから、相手を謝らせたいというのが目的の場合もある。でも相手を謝らせる裁判ってないんですよ。そういう形式の裁判はないですから、しょうがないから、「こんな不愉快なことをされた」っていう、不法行為――違法行為をやったことに対する損害賠償請求っていう、お金をめぐる形になるわけですね。でもこの依頼者は、「すいませんでした」と言ってもらえればいいと思って訴えたりするわけですね。

 そういうふうに、訴訟の形と、依頼者の持っている気持ちとは違う部分があるわけです。そういうとき、悪い弁護士はコッチをやってしまうんですよ。「お金をとれればいいでしょう」と。でも僕は違っていて、本当はなにをしてもらいたかったのか、(依頼人にとって)欠けているものを我々でおぎなってあげる、これがいい弁護士なんじゃないかなと思うんですね。だから、依頼人がどう考えているか、何を求めているか、そういうことをよく掘り下げて、その人の気持ちを回復していく。

 歪んだ形で我々に話をする場合もあるわけですね。本当は逆の場合もある訳です。お金がほしいのに、「お金じゃないんです」って言う人もいるんです。私らは、そのどっちが本音かつかんでいかなくちゃいけないわけですね。そうじゃないと、裁判が終わっても、依頼者の気持ちに、ちぐはぐなものが残るわけなんですね。

◇「お金じゃないんです」って言いつつ、本音は1円でも多く欲しいんだってわかったそういう場合はどうするんですか? 弁護士は代理人だから、依頼人になりかわるんですよね。金をいっぱいとろうという作戦でいくんですか?

◆そうそう。だから若い弁護士には、「あの依頼人は口ではああ言ってるけど、気持ちとしてはお金が欲しいから、裁判ではこの方針でいくよ」って言って決めるんです。その逆は、「あの人はお金って言ってるけど、たぶん違うと思うから、他に条件をつけて、和解をしよう」と。和解の条文のなかに、「すいませんでした」っていう一文を入れてもらおうというふうにして、たとえばそのときは1000万円請求していても、500万円でいいじゃないかと。その代わり相手に、「心を傷つけてもうしわけありませんでした」っていう一筆を入れてもらう、そういう形で進めていく。

 訴訟をやる場合には、人間はある部分かなり追い込まれているんですよ。依頼者の側はね。それは民事事件でも刑事事件でも同じ。人間が追いつめられているという状況は、カタチはちがうけど、刑事も民事も、状況としてはよく似た部分が出てくるんですよ。刑事事件で追い込まれていくと、人間は何を考えるのか。それも重い犯罪を起こしてる場合と、軽い犯罪を起こしている場合とで違いますよね。そういうものを見ていく。人間を解明していく。

 そういうことのためには、刑事事件もやったほうがいい。民事事件もやっておいたほうがいい。追い込まれたら、嘘も言います。

◇嘘も! 言いますよね〜(笑)。

◆言います。たとえば、刑事事件で「やってない」と言います。でも証拠から見ても、やってるとしか思えないんですね。ははは。だから「やったんでしょ? このへんでやったと認めたほうが刑が軽くなるよ」って言うと、「やったと言わなかったらどうなりますか?」って聞いてくるわけですよ。そうなると、「あんたの場合だったら重くなると思うよ」とか答えると、また「どうなりますか」って聞いてくる。ねぇ……。

 私の場合、最後までやったと言わなくて、実刑をそのまま食った事件があります。「あなた認めなかったら実刑食うよ。認めたと言えば半年くらい軽くなるだろう、でも否定したら半年くらい重くなるだろう」どっちも有罪で、証拠もあるんだけど。そう言ったら、本人は「やってない」と言って、結局重いほうになった(苦笑い)。

 そういうふうに、人間は追い込まれていったら、どういう人生の選択をするのかというのは、大きな金額を争ったときなどでもそれなりに出てくる。だから、人間を洞察するというのが我々の仕事だとしたら、刑事も民事も違う面を出すけれど、それでも人間の本物の姿を見られるから、刑事と民事をある程度バランスよくやったほうがいいと思います。

 

弁護士が荒稼ぎする方法

 

◇まず数をこなせと。いろんな被告とあって、舌を肥やすというか。それは法律の勉強とはまったく違う現場感覚を鍛えることですね。人間の勉強をしないと一流の弁護士にはなれないということですよね。

◆大半のひとは、いろんな体験をしながら――自分が成長することを目指しながら――弁護士をやってる人が多いんじゃないかと私は思ってるんです。もちろんお金儲けをしたいと思ってる人もいっぱいいると思いますけど、普通にはそうなんじゃないかなっていう気がします。

 弁護士って、試験通ったからすぐ動ける、儲かっているという職業じゃないんですよ。あまり儲けてなくて、生活保護まではいきませんけど、日弁連などの会費を払ったら、生活するのがやっとっていう……。自分の所属してるところの会費とかもありますからね。年配になると、会費がはらえなくなって、除名というか、退会命令を受けて、出て行って下さいという、そういうのは日弁連の懲戒事例のなかに出てますよね。仲間内で、儲かってる弁護士さんも知ってますけど、ああいうことやってたら問題になるよなあ、と思うくらい、荒稼ぎというか、稼ぎ方が荒いというんですかね。

◇どういう荒さなんですか?

◆具体的に知ってるわけじゃないですけど、報酬の請求するときに、昔は幅が決まってたんですけど、いまは自由報酬制になってますので、通常より多く請求したりとか。

 昔でも、むつかしい裁判は「3割増」と言ってですね、基準よりも難しい事案に関しては、3割増でもいいっていう基準を設けてたんですよ。そうすると、上(最高値)でとっていくんですね。上で上でとっていると、回収した場合はいいですけど、うまくいかなくて金額は動いたけど依頼人の手元にはたいした金額が入ってこないケースが出てきます。

 たとえば1000万円の請求をしたとします。それで着手金を5〜6%とかもらいます。我々は、1000万円の勝訴判決をとった時点で報酬がもらえます。弁護士の報酬は、基本的には勝訴判決をとった時点でもらえるわけですよ。実際にその金額を(相手側から)とれるかとれないかは別の問題になってるんです。で、割り増しして20%の成功報酬をもらいましたと。すると、依頼者は、もらえるかどうかわからない1000万円に対して、事前に支払いをしなくちゃならない。

 実際、大半の弁護士は、もらえたときに報酬の請求をする。しかし建前上は、相手にお金があるかどうかについては、弁護士の責任ではありません。弁護士は一生懸命やって、勝つところまでが仕事ということで、もらえる権利があるからとムリにとったりすると、たしかにとれることはとれるけど、依頼者の不満を招くということで、将来トラブルを起こす。そういうような例もありますよね。

◇ビジネスとしての弁護士稼業だ。金のないヤツは依頼してくるなって感じ。

◆なかにはそういうところもあります。でも、町医者ならぬ町の弁護士事務所としてはそうもいかないでしょ。町医者が「(診療費は)今度持ってきてよ」って言うように、ウチの事務所でも、「分割でいいですよ」とか言いますよね。

◇美しい! でも、それで困ることは?

◆ありますよ。サラ金で失敗して、車を手放さなくてはいけなかった依頼人が、とりあえず車を売ったところにお金を払って手元に取り戻したい。でもそこに払うお金がないということで貸したりとかですね。

◇貸すんですか?

◆……もちろん、もどってきませんけどね。

◇もどってこないなと思って貸すんでしょ? 人がいいなあ(笑)。「マチ弁もつらいよ」ですね。

◆そうそう。でも、ほかで稼いでおけば、それでいいわけですからね。それはもう社会への寄付だと。サラ金の被害者だとお金をもらわないで引き受ける場合もありますから。そういう人は本当にいっぱいいますよね。払えないから。

 

弁護士が心を病むとき

 

◇弁護士としてどうなんですか? あまり情にもろくても……。

◆そんなことはないですよ。でも弁護士としては悪くはないけど、自分の心を病みますよね。

◇日頃すごいマイナス思考の人にあうわけですよね。ダメ人間とか(笑)。相当きりかえないと。

◆精神的に負担がかかりすぎる。たとえば、「こうしたらあなたよくなるんですよ」って言って、それもそんなに難しいことじゃないのに、「できないんですよ」ってまたうちに相談にくる。「また来たの……、あんたは本当に貧乏神だよね」っていう(笑)。そういうひとは一人くらいは抱えてますよね、いつも。

◇でも見捨てることもできないし。

◆そうそう、そのくせ「この(書類の)文章は良くない」とか言うんです(笑)。「この事件負けますよ、あんたが借りたんでしょ、返さなきゃだめですよ」と言うんですけど、「いやあ、相手はこうだから、相手も悪いはずだ」って言ってね。要するにお金がないから払えないだけのことを、いろいろ言い訳してる。

 こちらもやるからには、相手の弁護士も納得するような、裁判官も納得するようなことを言いたいと思うじゃないですか。でもそういうことが言えなくて、ただ争わなくちゃいけないこととか、ストレスになりますよね。

◇逆の立場はないですか? 依頼人が訴えられて、被告側の弁護人として受けて立つことは。

◆ありますよ。当然ね。

◇どっちがやりやすいとかあるんですか?

◆うーん、そうですね、訴える方がやりやすいっていうことはあるでしょうね。攻める側は、勝てるか勝てないかを判断して訴えるっていうのがあるからね。ある見通しを立ててやるわけですから。被告になった場合は、不利な状況で戦わないといけないですよね。

 

マチ弁はカウンセラーでもある

 

◆最近ホームページをつくってみましたところ、うちは「赤坂溜池法律事務所」って書いてますから、この近所の会社のひとが、仕事の合間に相談をしに来るようになりました。

 案件としては、離婚問題なんかがありますね。こないだも、「うちの女房が勤めてる会社の上司と親しくしてる」と。「こういう場合どうしたらいいでしょう」って相談にきたんです。話を聞いていると、それほど奥さんの方(の関係)も進展してないと思われたので、「奥さんをつれて相談に来てください」と。だってねえ、普通の感覚があれば、相談料いくらで奥さん訴えますか? 奥さん相手に内容証明書きますか? 私が言うようなダメな弁護士は、こんなときでも男が自分の依頼者で、相手方が奥さんだと、そういう想定を(自動的に)するわけです。だけど、私はできるだけ、収まる物だったら収めてあげようと。裁判にならず、元のさやに収まるのか、別れるのかわかりませんが、本人たちを呼んでお互いの腹のうちがわかるように聞いてく。それで奥さんを呼んで、話したら……。

◇呼んだんですか!?

◆そうそう、話したら、奥さんが言うには、「いや、うちのダンナだって、風俗――私はあんまり詳しくないですけど――そういうところ行ってね、遊んでるじゃないのよ。わたしなんか課長とチューしただけじゃないのよ」と。チューしてなんぼのもんだっていうくらいなもんでね、ははは。

 それでお互いに少し話させて、「どうしますか旦那さん?」って聞いたら、これから気をつけますと。じゃあこれでいいですね、って言って、30分くらいで、5000円もらって、帰ってもらったんです。

◇あははは。マチ弁はカウンセラーでもある。仕事になりませんね。

◆でも、それは良いことをしてるはずです。なんでも全部仕事にしてね、離婚させてやろうっていうんじゃなくて、第三者をおいて話をさせることでカップルがうまく収まるようにね。そうするのが我々の本当の仕事のしかた。

◇……経営が大変そうです。

◆北尾さんも今日はすこし置いていって下さいね。あそこにうちの事務所にたいする義援金箱を置いてますから(笑)。

 

ひとは単純な話にダマされる

 

◇ははは。ところで、守秘義務はあるでしょうけど、この事件は印象に残っているとか、今思えば失敗だったとか、話せることがもしあれば。

◆刑事でいえば、昔豊田商事の事件(注2)がありましたよね。あるひとが東京支店長をしてたんですよ。その支店長はわたしの依頼人、被告人だったんですけど、豊田商事の会長とケンカ別れして、自分でペーパー商法の会社をつくったんです。で、自分も同じように詐欺をした。80億くらいの。その男はつかまったんですけど、なぜつかまったかというと、トヨタ商事の会長が殺されたりして、急に「ペーパー商法」がどうのこうのって騒がれて、お金を出したひとが「返してくれ」って言いだしたんです。

 だけど悪知恵が働くんだな。「返してくれ」って言われたときに、「いままで出したお金と同じ金額をつんだら前のお金と合わせて倍額が帰ってくる」とまたダマして、さらに40億も詐欺を重ねた。

 その彼が詐欺で逮捕されたのは、後の40億のほうのお金。私も若かったから、一生懸命やってあげたんですね。判決は懲役6年。未決勾留1年2ヶ月で、実質は4年10ヶ月くらいの刑期だったんですよ。NHKのひとが見に来て、「どうですか?」って聞かれたので「弁護士としてはうまくやったと思う。でも国民としてはすこし軽すぎると思う」と正直な感想を話しました。

 その男から、4年後くらいに電話があったんです。「いまパチンコの店をやろうと思って、一人2000万円づつ出資してもらう話を進めているんです」って。なんかネズミ講みたいだなって思ったんです。それから2週間くらいしてかなぁ、今度は全然違う人から電話があって、男が3、4人やって来たんですよ。

 「あなたたちは誰ですか?」って聞いたら、さっきの男の名前だして、「知ってるか?」って言うんです。その人たちが「2000万円出資したのに、パチンコ屋がなかなかできないのでその金を返してくれ」って言ったら、彼はこう言ったんだと。「自分が詐欺をして刑務所に行く前に、加地弁護士に、ゴルフの会員券、株券、金塊などをみんな預けて入った。でも返してもらわなかった。それでこのあいだ横浜の裁判所で会ったときに、『いいかげん返せ』って言ったのに、のらりくらりとしてるから、顔をぶんなぐってやった」ってね。男たちは、それが本当の話か確かめるためにわたしの顔を見に来たの(笑)。「すいませんでした」って帰っていきましたけどね。

◇ひどい話ですねぇ。さすが詐欺師とも言えるのか。

◆うん。それで「どうしてそんなうまいことダマせるの?」って聞いたんですよ。そしたら、あまり難しい話よりも、単純な話の方がひとはダマされるんだって。

◇そういう悪い人間を弁護するのってどうなんですか。「なんで悪い人をかばうの」って言われることがあるでしょ?

◆しょっちゅうありますよ。「なんでそんな悪いやつを弁護するのに国が雇わないといけないんだ」って。そのときは、「世間のみんなが、あの人は悪い人だって言う、その人にも親が居て家族が居る。その人は生まれてからいままで、ずっと悪い人だったわけじゃないはずだと。そういういいところを誰かが言ってやる必要があるんじゃないかと。事件をおこしたから、ずっと極悪非道だったんじゃなくて、こういういい面もあるよ、こういういいこともしたんだよっていうことを言ってあげる人もいる必要があるんじゃないか」って言います。その役割を弁護士がしてると。

 だからあなたがつかまったときも、あなたを弁護してあげますと(笑)。世間がなんと非難してもね。

◇ときには「持ち出し」になっても!

◆それはあんまり歓迎じゃないけれども。

 

アナログのデータベースがいちばん!

 

 撮影のため、デスクに場所を移した。すぐ脇では親子ほど年齢の離れた藤堂弁護士が裁判資料の作成中。駆け出しの彼は、加地さんのアドバイスで、国選刑事弁護を積極的に引き受けている。なぜここへきたのかと小声で尋ねてみたら「仕事の姿勢と丁寧さです」と返事が戻ってきた。初々しい後輩の答えが聞こえているのかいないのか、加地さんは飄々とした顔でポーズを取っている。

 

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◆これはね、企業秘密なんですけど、わたしパソコンが打てないんですよ。あとケータイ持ってないんですよ。だからどこでデートしてても、わからないわけです(笑)。

 パソコンは嫌いでね。便利な物には大きな落とし穴あると、そんなふうに思ってますから。みんな便利だ便利だって言うけど、そのうちだまされるよって。自分はだまされないぞって思ってたら、最近は後悔してますけどね(笑)。でもここまできたらもう意地ですよね。

◇加地さんが弁護士になった頃はパソコンなかったですもんね。

◆昔は手書きで、清書するときは和文タイプライター。そういう係がいた。全部自分で書いて、それを二部コピーとって、裁判所に渡して。みんな手書きですよ。

 そうそう、ある事件で、交通事故でつかまったひとを保釈してあげたら、またつかまったんですよ。無免許で。私と、もうひとりで熊谷まで行って、その場で、「君こっち書いてくれ、僕こっち半分書くから」ってやって、その日のうちに保釈になったことがありました。手書きでやってたおかげで、その場でつくれた。手書きも捨てたもんじゃない、ははは。

◇素朴な質問なんですけど、弁護士はいつ書類を書いてるんですか。昼は裁判所にいるじゃないですか。いつやってるか毎回不思議だったんですけど。

◆そうですか。少なくともウチは、そんなに法廷行かないですから。最近は記録を見ながら、彼(藤堂弁護士)がパソコンで準備書面を書いて、僕が手直しして。

◇あと、キャリアが長くなると書類も大量になると思うんですが、使用後は捨てるんですか?

◆伊豆に書類を入れる書庫をつくってるんですよ。私が昭和54年くらいから弁護士やりはじめて、そのころからの記録がそこにずっとあるんですよ。

 

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◇保管の義務があるんですか?

◆いや、法律上は保管義務は3年ですかね。でも10年くらい前に仕事した人から、連絡があることがあるんですよ。そういうときに覚えてるときもあるし、覚えてないことがあるんで。

 あとは手帳をとってるんですよ。これが30何冊ある。

◇はあ、これが弁護士さんの手帳。これが歴史なんですね。必要があれば、さらに、資料を見に行って……。アナログですね。でもこれでやってきたんで慣れてるんですよね。

◆そうそう、アナログのデータベースですよ。猥褻物とかね。警視庁が、猥褻だという写真を全部モノクロとカラーとわけて、証拠資料として提出してるんですよ。美人ばかりでしたよ(笑)。ぼくは両方コピーして、伊豆の方にね(笑)。

 

逆恨み撃退法

 

◇事務所は土日がお休み? あと祭日か。ご結婚されてるんですか?

◆……独身。だからいくらでも仕事できるんだけど、最近は早めにきりあげるようになりました。体がシンドくなってきたんで。

 まあ、ここは裁判所のある霞ヶ関まで歩いていける距離なんで、散歩がてらにちょうどいい。たまに法廷から、「まだ来てないでしょ」って電話があっても、すぐ行けるでしょ(笑)。藤堂君は遅くまで仕事してますよね。弁護士は40から50歳くらいが油がのってるんじゃないですかね。

◇何かストレス解消法として意識してされていることはあるんですか。

◆そうですね、できるだけお客さんを相手にギャグを言うと。そういうふうにして、気を抜くっていうんですかね。私はしょっちゅう冗談言う方です。あとはまあ藤堂くんに当たるとか、酒飲んで帰るくらいですかね、ははは。

◇タフでないとできないですよね。裁判に負けて逆恨みされることも?

◆最近、闇金の人を相手にやってて、相手に恨まれたっていうのはありますね。そこのドアに、「覚えておけ」とか書かれたりね。

◇こわいことがありそうだ。

◆チャイナマフィアみたいなのが来たりね。「誰ですか」と言う間に入ってきて、「なんとかはどこ行った」みたいな。いろんなことがありますよ。

 でも我々は、殺されることはないだろうと思うんですよ。自分を殺しても一銭にもならないですからね。私に被害をあたえると、私の依頼者に被害をあたえるより、何倍も罪が重くなりますから。ただし、とことんまでは怒らせないようにする。下っ端はすぐカッときますから、あんまり下っ端を怒らせるようなことはしない。かといって、弱腰にやってると見られるような対応はしないです。カチッと言うところは言います。

◇法廷にはどんな格好で行くんですか。

◆ノーネクタイ。堅っ苦しいことはしない。ここ1年はスーツも着なか

った。

◇どうなんでしょう。長年弁護士をしてきて、それ以外の仕事をすれば良かったと思うことはないですか。「もうやめちまおう!」と思ったことは?

◆最近は、疲れたからやめようかなって思ってますね(笑)。でも急にやめるわけはいかないし、安心して藤堂君にまかせるためにも何年かがんばるけど、いままでみたいには仕事したくない。

 だから朝遅くくるし、夜早くあがる。それに窮屈な格好はしたくない。64ですから、普通の会社ならもう定年ですもんね。藤堂君には「いろんな経験しろよ」って言ってるんですよ。弁論の技術は盗めても経験は盗めないからね。プライベートでも、あまり清廉潔白で生きるとね、幅がね。

◇幅が大事と。

◆だってさっき言ったみたいに、追い込まれた人とか、困っている人の気持ちをわかってあげないといけない。自分は平穏なところにずっといると、そういう人の気持ちがわからないだろうと思うんですね。

〇藤堂弁護士 先生から、ご指導いただいて……。

◆一人前になるには、10年くらいはね。その間に人として成長しますしね。技術的には3年とか5年とかで大体裁判のこととかは覚えると思いますけど、そこに人間的な魅力がついてきて……10年くらいかかるんじゃないですかね。

 

マチ弁は落ち込まない「反権力者」

 

◇最後にもう一度、マチ弁について伺いたいのですが、そこにこだわる理由って何でしょう。いい人だから、庶民の味方だからっていう感想でインタビューをまとめるのは、なんだかキレイごとのような気がして。

◆僕らの時代は学生運動の時代ですよ。そうすると、「反権力」ってあるじゃないですか。だから権力側に立つのがイヤっていうのがあったんです。ある意味で私は徹底してるんですよ。検察官イヤだし、裁判官イヤだし、調停委員もイヤなんですよ。弁護士会の上の方の役もやらない。なんせ弁護士会も言ってみれば、官庁なんですよ。官僚なんです。官僚主義的な思考があって、上に行けば権力が得られるんですよ。

◇そうか、世代的には団塊世代。ちょっとヒネてるんだ。

◆ちょっとヒネてる(笑)。

◇じゃあ加地さんみたいなのは多数派じゃなくて、やっぱり弁護士だって偉くなりたい。

◆そうですね。それと、人と話したいんですね。人間に対する興味みたいなのが最初にあるんです。

 あとは、落ち込まないことかな。刑事事件で弁護した執行猶予付くってわかってる人を、私の兄が事業してるからそこで雇ってもらったことがあるんですね。窃盗犯で、ちょっと筋が悪いかと思ったけど、大丈夫かなあと。でも寮付きじゃないといけなくて、(裁判所に)兄を連れて来てね。(彼はそこに)もう20年以上勤めてます。

 そういう成功例もあれば、大学の友達を兄のところに連れて行ったんですけど、半年くらいで辞めたこともあります。残念なことだけど、落ち込んじゃダメなんでね。「なんかしてやった」っていう気分になっちゃいけないんですよ。「できるだけのことはやってあげた」っていう気持ちでいれば、あとで後悔しない。自分はこれやっとかないと、あとで後悔するから、やれるだけのことやっておこうって思ってね。お金は貸したら返ってこないと思っておかないと。

◇ですかね(笑)、そういうふうに思っておかないとダメですかね。

◆だから、依頼者が「生活できないから」って言うので、何百万かお金貸して。で、食べられるようになっても、「返してくれ」とは言わないですよね。あちらから言ってくればね(別ですけど)。そういうふうにして使ったお金はわりとありますね。

◇加地さんはこういう方なんで、(弁護士という職業は)経済的には儲かりません(笑)。藤堂さん、ここにいて大丈夫ですか? マチ弁を貫くのは大変ですよ。

〇藤堂弁護士 ……(力強く)ついていきます。

 

※注1: 「法テラス(日本司法支援センター)」とは、国によって設立された「法的トラブル解決のための『総合案内所』」のこと。刑事・民事を問わず、法的なトラブルに関する相談をすることができる。ホームページは:http://www.houterasu.or.jp/

※注2: 豊田商事事件とは、1985年に問題化した「ペーパー商法」と呼ばれる「現物まがい商法」の詐欺事件。客とは地金の購入契約を結ぶが、現物ではなく証券という名目の書類を渡すという形式をとる。

 

☆プロフィール
加地修(かじおさむ): 1947年生まれ。中央大学法学部卒。昭和54年弁護士登録(31期)。赤坂溜池法律事務所代表。著作『リーガルコーディネーター 仕事と理念』(信山社・共著)。HP=http://www.akasaka-law.jp/

 

 

第一回おわり

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