第二回 ラジオ技術者、ラジオ愛を語る

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ラジオマン人生、24年

 

今回の登場人物

◆話し手=高木誠利(ラジオマン)

◇聞き手=北尾トロ(調査人)

・写真=寺澤太郎


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 ラジオマンという言葉から連想されるのは、ラジオ番組のディレクターやアナウンサーなど、番組制作に直接関わる、リスナーとの距離が近い人たちである。しかし、“音のメディア”であるラジオは音声技術者の役割も大きいはずだ。ラジオ局の技術者は何をしている人たちなのか。

 どなたか語ってくれる人はいないか探していたら「文化放送の高木さん」を推す声が複数寄せられた。ひとりは「技術力と豊富な経験」を推薦理由とし、もうひとりは「ラジオ愛の強さと豊富な経験」がその理由。

 だから、高木さんに会う前から、確かな技術力やキャリアを持ち、ハートも熱い男であることは想像がついていたのだが……。予想を上回る熱さであった。会うなり、挨拶もそこそこにスタジオの副調整室にぼくを呼び込んだ高木さんの、ほとばしる情熱に耳を傾けて欲しい。

 

◆たまたまいま、空いている時間なので、ここで説明しちゃいましょう。

 

◇ここは副調整室ですね。一番組につきひとりのひとが技術担当ということになりますか。

 

◆生放送には必ず音声はつきますが、録音はついたりつかなかったりします。あとはディレクターが一緒にやりますから、副調整室にいるのは最低二人ですね。

 

◇ディレクターは何を?

 

◆そうですね、ディレクターはここで、台本を持って、番組全体を進行させる役割で。私、いまは制作部なんで、そういう仕事をしています。でも、もともとは技術畑に24年間いたので、そっちが本職ですね。

 

スタジオから設計する

 

◇この機材はなんて呼んでるんですか?

 

◆「ミキサー卓」って呼んでます。で四谷時代に、Jスタジオっていうのがあって、そこは(私が)設計したんですが、こっちくるときは、スタジオのなかは別の担当者がしてます。私が設計したのは……。

 

◇ちょ、ちょっと待って下さい。四谷時代というのは、文化放送は四谷にあって、現在の浜松町に移転したという話ですよね。そのときにスタジオの設計も刷新したと。で、その設計に高木さんも関わったと。局の技術者がそういうことをやるのは普通のことなんですか?

 

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◆放送局っていうのは、基本的にカスタムメイドです。仕事にあわせて設備を設計します。作ってくれるところもありますが、普通は外部に依頼するのは新設局ぐらいでしょう。

 たとえばこのスタジオのなかに配線があります。

 これの端子番号って私が全部決めてます。音声の本線が通っているところ、放送装置の進行画面、デジタルデータが通ってるところ、いろいろですね。こういうのも全部考えて……で、社内には電線が全部で1万本通ってます。

 

◇あ、いま急に、話が技術寄りにちょっと傾いた瞬間に、何か高木さんにスイッチが入った感じがしました。ですので、内容はほとんど理解できないのですが、このまま話を続けて下さい。

 自分たちが使うスタジオであるからには、自分たちで設計までやるほうが使い勝手がいい、そういうことですよね。で、高木さんは技術者だから、配線などに関しても自ら設計していった。材料まで自前で揃えた。そういう理解でいいんでしょうか。

 

◆はい。でも実際に工事するのは自分ではムリです。プロがやらないと。自分でやると一日10本が限界です。というのも、入れて、床の下を通して出すわけですから。ただ、工事する人の横に必ずいて、何を聞かれても答えられないといけない。

 

◇全部立ち会う。移転したのはいつですか?

 

◆4年前かな。

 

◇じゃあ四谷にいるときから、こちらに移るって決めて、考えて……。

 

◆配線表作るのに1年かかってます。

 

◇個別の番組の音をコントロールするだけが仕事じゃなく、局全体の音の流れをスムースにしたり、そういうことまでが仕事のうち。じゃあ愛情がこもってますよね。「文化放送のシステムは俺が作ったみたいなもの」ですね。

 全体を分かってる人って高木さん以外もいるんですか?

 

◆私が技術(部)を出ちゃったので、技術のなかに後継者がいます。また、そういうふうになっても大丈夫なように、線が全部、担当ごとにわけてあります。

 だから仮にここ(このスタジオ)がAM放送やめてテレビのスタジオになったときに、抜けばいい線がすぐ分かるんですね。

 

◇配線は高木さんが考えたけれども、社内で共有できるように、あるいは将来のことも考えて、どういう変化にも対応できるようになってるわけだ。

 

◆あとは見た瞬間にわかるように、どこまで工夫できるかで、これをやっておかないと次の工事のときに地獄を見ます(断言)。何年も前にやった配線なんて、誰だって忘れてしまいますから。

 

◇社員の技術者がこういうことまでやるのは普通ですか。

 

◆キー局、地方局を問わずどこでもやっているはずです。しかも各局同士では横のつながりもあるので、どこの局で誰がやってるか知ってます。

 

◇技術者同士のつながりが!

 

◆はい。というのは、結局一品もののカスタムメイドだから、たとえばうちのシステムをTBSに持っていってもまず使えないんですね。なので、「そちらなにやってるの?」って聞いてもあまり影響ないんです。番組とちがって、すぐに真似されることもないし。

 ……(コンピュータをいじりながら)これ見せても大丈夫かな……この配線図……あの時代のやつか。

 

◇「あの時代」って……(笑)、いろいろあるんですね。

 

◆はい、バージョンはいくつもあって、古いの消すとあとでわからなくなったりするので、たどって行けるように必ず保存しています。……(配線システムが書かれたパソコン画面を示しながら)カメラマンさん、写すならここらへんで。

 

◇ここに社内のネットワークがまとめられている。見ていてもわけがわかりません。

 

◆まあ、これを必要とするのはシステムを壊そうとする人、改造する人くらいですね。普段は全く出番がない。ま、これを四谷時代、1年かけて作っていたわけです。

 

◇じゃあその期間っていうのは、四谷時代に設計してるときは、番組と直接関わるとき以外の時間で、これをやってたということですね。

 

◆そうですね、郵便貯金みたいに、ちくちくと(笑)。あのときは一番忙しかったですね。

 

マスターコントロールルームで音の品質管理をする

 

 ここでスタジオを出て上の階へ。あたりまえだが、高木さんは我が家を歩くような足取りで軽快に先を行き、空調の利いた、大きな機械が立ち並ぶ部屋に入った。

 

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◆ここ、「マスターコントロールルーム」と呼んでます。簡単に紹介しますと、向こうに机みたいなのがあります。あそこは中継地点と、社内をつなぐものですね。また地方局に対して直接素材を送るときもあれをつかいます。あとこれは、デジタル放送の試験放送をやるときのマスター卓になります。こちらはAM放送のコントロール卓です。その向かい側に部屋がありますが、AMでもデジタルでも、緊急にさしこむことがあるときは、ここから入れます。「速報」ですね。

 

◇え、放送って下のスタジオでやってるじゃないですか。それを全部ここでもチェックするんですか。ナマ放送もあるのに。

 

◆ここでは品質管理をやってると思って下さい。ノイズがのったり、CMの出がおかしかったときは、ここで処理します。そのために常にスタッフがいて対応している。

 (中継地点とつなぐシステムを指差し)普通に、たとえば番組を外から中継しますとか、あとは地方局にニュースの素材を送るとき、あとは取材現場から普通に音があがってくるときですね。そういうときは全部ここ(マスタールーム)を通ります。

 たとえば埼玉で事件があるとします。そこに中継車が行くとします。そのアンテナをこちら(局)に向けて、こっちに送りますよね。その向きを変えて調整して、音質確認して、報道さんにこれでオッケーですよ、音行きますよってやるのがここです。そうすると報道さんは、自分のところで録音機まわせば、一切技術的なことを考えないでいいわけです。

 

◇よくスタジオから電話で、リスナーと話すじゃないですか、あれは関係ないんですか?

 

◆関係ないです。あれはスタジオから直接。

 

◇じゃあ主に、スタジオの外の人たちとのやりとりですね。

 

◆あとは自分たちの進行ですね。現在オンエア中の番組は「くにまるジャパン」ですよね。CMが出ますと、いまうちはCMはスタジオ通さないようにしてるので、一旦こちら側にオンエアをもらって、CMが終わったらまたスタジオにオンエアを返すと。

 

◇スタジオを通さずCMはマスタールームで管理。生放送でも?

 

◆そうなんです。そうするとね、スタジオのミスが減るんです。

 

◇だけどナマ放送は時間通りびしびしといかないとマズいのでは。

 

◆ラジオの場合は「アンタイム」っていう言い方をしてるんですが、不規則なCMをいつでも出せるようにしてまして、スタジオでボタンを押すとこっちにきます。極端に言えば、スタジオきりかえもボタン一発でいけます。

 

◇じゃあいつでもCMは出せるという。

 

◆ええ。(マスタールーム内の管理画面を指さしながら)一番左、「U」ってかいてますよね。あれはスタジオでいつでもボタンを押せます。で、「K」って書いてるやつだけが、時間になったときにボンとでます。なぜかというと後ろに時報がついてるからなんです。時報のところはきっちりCMに行かないと時報のところで死んじゃう。

 

◇「U」のほうが全然多いですね。だから時報とかそういうこと以外は、割と融通が行くメディアだと。

 

◆そうですね。なので、ラジオのディレクターは、時計を見ながら、あと何分しゃべらせられるかなって。とくに話がのってるときですよね。それがラジオのディレクターが一番本当に胃が痛くなるところで。ラジオにタイムキーパーが居ない理由もそこなんですね。演出と時間の計算は完全に一緒ですからね。

 

◇局にはりめぐらされた配線、これは高木さんにとって、技術者としての結晶なんだろうと思います。

 

◆まあそうなりますかね。局の技術の仕事ってこの配線の仕事が一番なんですね。うちの局のようにいろんなところを変えてもらってプログラムのレベルに構築して行く。そこが大事だしオリジナルな部分ですね。ハードとしては他の局ともそんなに違わないと思います。

 

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 ここで再び移動。今度は会議室でじっくり話す態勢である。

 高木さん、技術者らしくスタジオの現場、技術の中枢であるマスタールームを案内した上で、より具体的な話をしようと考えてくれたのだ。

 

◇先ほど技術者の横のつながりって言ってましたけど、他局の技術者とどうやって知り合うんですか。

 

◆何が一番かな、いったん仲良くなると、展示会などで会うとそのまま飲みにいっちゃいますからね。

 知り合うきっかけですか。結局、会議があるんですよ。たとえば役所で。私だとデジタル放送の規格書を作ってたんですよ。そうなると、ラジオだけでなくテレビのかたとも当然顔をあわせなくちゃいけないから、いろんな人と知り合いになって。

 

◇じゃあ若い頃は知り合いになりにくいのかな。

 

◆人によって全然違いますね。ただ、制作と技術は全然ちがうので、たとえば他局の技術者と飲みに行くとすると、こっちも若手連れて行くし、向こうもつれて来ますし。これ言っていいかな……徹夜で仕事したあと朝お花見に行ったんですよ。それでよっぱらってるから、隣の会社の当時技術部長だったひとに電話して、出勤途中に花見会場に呼んだりしちゃいました。

 ……横のつながりって、会議とか、実験場で他局の人と会うことでできていきます。気が合う人とは話が合うし。普通に交流あります。昔御世話になった方が、気が付いたら自分の所属している学会で副会長になっちゃったりしてびっくりしました。

 

船酔いがキツくてラジオマンに

 

◇もともとは電気の専門の勉強をしていたんですよね。

 

◆ええ、学生時代は船舶通信の養成課程にいました。だから通信士免許も持ってます。入社後はしばらく送信担当やりまして、音を改善する実験をやってましたね。暇だったから。送信所は。文化放送入社は1984年。技術採用です。

 

◇アナウンサーになりたかったわけじゃない。

 

◆そうですね。

 

◇というか、船舶通信志望だったんですよね。それがなぜラジオマンに。

 

◆実習で船にのったら、船酔いがキツいんです。普通は1ヶ月でなれるらしいんですが、私2ヶ月くらいのって、最後までなれなかったんです、ははは。

 

◇じつは向いてなかった!

 

◆致命的なんです。時々そういう人がいるらしいんです。それで、陸にあがったときには、普通の就職試験が終わってまして。その当時は、民放は普通のメーカーとタイミングがズレてたんですね。あと民放は学校の推薦状がいらないっていうのもあって。当時理系は全部推薦状が必要だったんです。だからとりあえず履歴書出したと。

 

◇文化放送以外も受けたんですか?

 

◆文化放送以外受けてないです。就職に関しては、そんなに苦労しないで決まりました。これいうとヒンシュクかいそうですけど、いやぁ、ははは。

 

◇ラジオの技術に関してはどうですか。特にそれまで興味はなかった?

 

◆もともと電子関係ですから、当然機械についてはわかってますから、何も知らなかったっていうわけじゃありません。

 ラジオは私……ニッポン放送を聞いてました。「セイ!ヤング」じゃなくて「オールナイトニッポン」。はははは。姉が文化放送を聞いていて、私はニッポン放送を聞いていて。だからいまでも姉からはいじめられます、フフフ。

 

◇最初に配属されたのは?

 

◆送信担当だったんですね。電波を出すところですね。

 

◇マスタールームですか。

 

◆マスターよりも外。送信所っていうところが外にあって。そこにいて、さらにあとは、当時AMステレオの実験をやるっていう話になって、『ラジオきらっと』っていうつくば博の実験放送局の設備を流用したAMステレオの実験放送のところへ。ずっとそこに詰めて実験やってました。

 だから、最初の2、3年はあまり社内にいなかった。それから戻ってきて、ミキサーと、マスターもやってたかな、いやミキサーですね。

 ミキサーというのは音を作るんですけど、スタジオの番組もその頃から入ってます。さっき「セイ!ヤング」の話がでましたが、「セイ!ヤング」では、地方の正体不明のところから放送するっていうのがあったんですよ。スタジオじゃなくて、離島の旅館の一室、ホテルの一部屋、場合によっては公民館の会議室ですね。

 

◇そういうところから番組を出すんですか? すごいですね。

 

離島から番組を送信する

 

◆離島などでは、行くのが大変だから数を送り込めないんです。たとえば船が止まったらだめだし、(技術者は準備のために)二日くらい前に入らないといけない。そうすると、東京側から見ると3日間穴があくわけですから。で、一人しか送り込めない。それで現地でNTTさんとラインの確認をして、放送して、終わったらそのまま帰ってくる。それを10年くらいやったかな。

 

◇きついなぁ。どうして正体不明のところから放送する必要があるんですか。

 

◆パーソナリティのさだまさしさんが、当時全国でコンサートまわってたんですね。コンサートおわったときにうちの放送があって。で都会に戻れればいいんですが、都会に戻れればそこの地方局で放送してもらえばいいんです。でも戻れないところがあまりにもおおくて。

 たとえば屋久島でコンサートやれば、当然鹿児島に戻れない。五島列島でやれば、やっぱり長崎には戻れない。そこで現地で番組を作るわけです。なので、私は出張というと山奥のイメージしかありません(笑)。

 当時は宅配便がはじまったころで、一人で行く場合、手であまりもっていくと大変だから、先に送るわけです。どの会社がいいかって一生懸命調べました。荷物が放送の前日にまだ届いてないとかなると真っ青になる。

 

◇そういうことがあったってことですね。

 

◆ありましたね。でも、離島の方って意外としっかりしてるみたいで。というのも、外のひとに苦労させたくないっていうのがあるみたいで、どこいってもいろいろ気にしてくれました。

 トラブルといえば、一番びっくりしたのは、旅館のなかの工事ミスですね。NTTさんは旅館まで臨時の回線ひいてくれます。旅館のなかの工事屋さんはそこから部屋までひいてくれます。この二つがつながってないことは何度かありました。

 

◇ピンチですね。そんなときは自分で工事やっちゃうんですか?

 

◆いやいや。これは自分でやっちゃうとまずいので、まず許可とってチェックして、それらしいものがなかったらすぐ電話します。

 もっとも、現地について最初にやる仕事は、荷物の数の確認ですけどね。一つでも足りないと放送できないですから。

 

◇ちゃんと届いているか。電波が出せる環境にあるかを確認するところから始まるんだ。

 

◆荷物の数を数えて、あとは電話機つないで、東京とつながってるか調べて、ここまでやったらご飯食べにいきます。

 あとは、1、2本使えない線はあっても、なんとか工夫すればこれで放送できると。放送開始が23時なので、先にご飯食べにいっちゃうんです。お酒は飲みませんよ、ははは。

 で、戻ってきてから、そうだなあ、21時くらいから組み立てはじめて。一人だから遅いんですね。孤独な作業です。22時になったらマイクテストやって、30分お茶を飲んで本番スタートと。そんな感じです。

 

◇技術者はたくさんいるんですか。

 

◆当時は社内に17〜18人。さらに外制さんがいます。番組ごとの担当は、きちっと決めちゃうとまた動きづらくなってしまうので、特別なものだけ担当を決めているはずです。

 

◇高木さんには、離島で一人でもなんとかする技能があったと。

 

◆単に社内に居なくても影響ない人間だったからかもしれません。(笑)。

 もう一個だけベタで一人で担当したものがありました。違う番組ですが、第五スタジオっていう、ホールをかねてるスタジオからの生放送なんですね。音楽のミキシングをやりながら、マイクトークからコマーシャルまでを同じところで出す番組です。

 で、たとえばバンドが二つ入って、途中カラオケで歌う女の子3人組がいて、2時間の生放送だったとしても、この番組のミキサーは一人なんですね。お客さんいるので、PAの担当とマイクのセッティングをしてくれる別の音響スタッフはいますけど。でも本番はじまったら彼らと会うこともないです。

 音楽ミキシングと、途中で入れるCMやクレジットなどの再生音。実はこの両者は気の使い方が逆なんです。

 音楽は音のバランスが大事なので、音量を決めたら動かさない。だけど「影しゃべり」【注1】などは余計な音が出てはいけないのでオンオフのはっきりしたスイッチのようなミキシング。普通はこの二つの担当を分けるのですがなぜかこの番組は一人でやっていました。

 

◇孤独な闘いだ。

 

◆ラジオの場合、技術者一人でやることは多いですよ。

 

あえてフルデジタル化はしていない

 

◇ラジオ界の技術は、高木さんが入社以来、かなり変化したんですか?

 

◆一番変わったのは、コマーシャルを録音テープから出していたのが、いまは――オーディオファイルって言ってるんですけど――デジタルで出すこと。でもほかはあまり変わってないですね。

 

◇音質が良くなったとかあるんでしょうけど、基本的な構造は同じということなんですね。

 

◆そうですね。この社屋を作るときは、実はマスター(ルーム)もスタジオもデジタルなんですね。なんですけども、途中にアナログの部分をわざと入れて、アナログとして扱えるようにしてあるんです。

 要はフルデジタル化を(わざと)しなかったんですね。異論もあるかとは思いますが、結局、デジタル化すると余計な機材がはいってきて、確実に事故が増える方向にいくんですね。新品のときは良いけど、古くなっていったら怖いなぁと。

 その前に作ったデジタル放送用のシステムは、フルデジタルにしたんです。それも私が担当していたんですが、あれはデジタル的なデータが必要だったから。つまり映像もあったから。そうすると、音声だけ別にあつかうわけにいかない。

 でもAMラジオって、聞こえてくる音は、最後はアナログなんだから、じゃあとりあえずアナログにしておこうと。結果的に大成功で、デジタルは余計なところでタイミングあわせないといけないとか、機械がふえて、その信頼性が問題になるとか。それよりも極端なところでいえば、(アナログは)イヤホンもってきて、音が通ってるか調べられる。「切り分け」っていうんですけど、ここからここまで生きてるとか判断できるほうがいいんです。

 

◇非常時の放送なども使命としてあるわけだし。

 ところで、高木さんは日々の仕事としてある個々の番組と、全体のシステム設計と、どっちが好きですか?

 

◆難しいですね。(ふたつは)全然違うから。簡単に言えば、ビルを作るのが好きか、家具の配置を考えるのが好きかっていう。もっといえば、番組作るほうがいいか、番組の箱を作るのが好きかって問題ですけど、どっちも面白いですよ。

 箱を作ってれば残りますし。さきほどのマスター室は作ったの4年前ですけど、ここは(自分が)作りましたって言えますし。ただ4年経つと、使い方忘れたりしますけどね、ははは。

 

◇自分が作った物で会社が回るって、ちょっといい気分ですよね。

 

◆(謙遜しつつ)多少は。

 

◇もっと給料上げろみたいな?

 

◆そこをいうといじめられるんで(笑)。技術は裏方なので。

 

「技術の高木を探せ」

 

◇思い出深い出来事、いろいろあるでしょうけど、極めつけのやつを紹介してください。

 

◆そうですねぇ、ロスアンジェルスでエライ目にあったことが。

 とある方が、新番組を立ち上げたあとで、急に「実はレコーディングが入ってる」って言ったんですよ。それで、「再来週からロスに一ヶ月以上行ってくれ」っていう話になって。そこから放送出すっていう。

 でもこれは時差がありますから、向こうで午前3時からとか放送しなくちゃいけないんですね。行きました、私。

 スタッフはね、二人。レコーディングで行ってる関係者をのぞくと、出川というディレクターと二人です。技術は私一人。とある電話会社の会議室を借りて、深夜に。午前3時に集合。東京は夜ですね。終わると朝の5時とか6時にご飯食べて解散。昼はやることもなくウロウロしてるっていう。18年前です。

 昔の話ですけど、なんでおぼえてるかというと、(ロス出張のために)一歳の子供と嫁さんを実家に帰したんです。子供が小さかったからゆるされたんですね。

 路線バスでロス市内を廻ったりしていて昼間の時間の使い方が変っていたからか、この番組では帰国後、ヘンなやつだということで、番組のなかにコーナーをつくられまして。「技術の高木を探せ」っていう、はは。それを番組スタッフが私に一言もなしにやったんで、朝、新聞のラジオ欄見て吹き出しました。会社や学校のなかにいる、きらわれてもいないんだけど、ちょっと変わったやつを紹介するコーナーですね。

 

◇技術者がコーナータイトルになるっていうことって、あまりないですよね。

 

◆(苦笑しつつ)まあ変なやつ扱いされてました。

 

◇アクティブに外を動き回る。技術なんだけど、番組と一緒に動きまわらなくちゃいけない。一方で、社内のちゃんとしたところで黙々とシステム作りなんかやってる。どっちがいいんですかね。

 

◆うーん。本当にやらなくちゃいけない仕事は、設備設計なんですね。どんどん人数が減っても設備設計だけはしないといけないんです。局ごとにシステムが違いますから、だれか設計するひとが必要なんです。

 簡単にいうと、メーカーで、工場のベルトコンベアの設計、オートメーションの設計をする人間と思ってもらえれば正解です。絶対そのひとはその会社にいなくちゃいけない。

 

◇アウトソーシングができない。

 

◆実際には、いまは昔よりアウトソーシングが進んでますから。社員はあまり中継の仕事は担当させてもらえないですね。だけど設備設計は社内で作り、受け継がれて行かなければなりません。

 あ、でも、技術スタッフ総がかりで行う仕事だってありますよ。うちでいうと「箱根駅伝」ですね。あれ中継現場が全部で15〜16あって、社内の機材全部かきあつめて、事前に割り振ったあとで、「ゴー」になります。日本テレビさんと連絡とりながらセッティングしていきます。

 

◇中継地点ごとに技術者さんがついてやると。じゃあ総出ですね。高木さんも箱根を……。

 

◆そこがですね。私はいつも、箱根駅伝以外全部をまかされていたんです(笑)。というのは、箱根駅伝で番組が切り替わったり、ネットしてます【注2】から、そういう部分とか、普段と違う部分がでてくるんですね。そういうのを全部担当するんです。

 

「飛び降り」「階段降り」

 

◇じゃあ会社にいるんですね。正月は。

 

◆会社にいて。だから箱根駅伝がはじまると、ちょっと一休みという気分になります。

 で、終わったら、通常番組に復帰できるかなってなって、復帰できたらよかったと。そう、ラジオは、野球でもそうですが、駅伝でもそうですが、終わりの時間がきまってません。そのために「飛び降り」というすばらしい技があるんです。

 

◇飛び降り?

 

◆普通は「階段降り」という方法を使います。テレビは階段降りしかありません。階段降りというのは、何分に試合終わったら、何分から次の番組始めますと。事前にきちんと組まれています。ところが「何分から何分まで随時復帰」とかいうやりかたもあります。先ほど見ていただいた、心臓部である主調整室で、人間が操作して降ろすんですね。ここまでくると、連絡ミスが怖いので慎重に作業します。

 

◇典型的なのがプロ野球中継ですよね。試合終了までお届けしますみたいなやつ。

 

◆プロ野球中継は、普段はスポーツ(の部署)がなれてるんで、ある程度まで楽なんです。

 たとえば10時51分に試合が終わったと。うちは「54分ね」っていったら、スポーツさんが、54分にアナウンサーに間を取ってもらうんです。そうすると、54分に番組が終了できる。で、2分間さらにしゃべって、56分に番組が終わる地方局が降りる。逆もあるんですけど。この階段降りの最大想定をこえたとき、(実況放送終了が)0時をこえたときは、あとは技術が、残ってる人間でそれぞれの場所にはりついて、やっていきます。

 

◇あとの番組をどうするかも、試合が長引くと……。

 

◆一応指示は来てるんで、まあやることはわかってるんですけど、きちんと遂行できるかどうかですね。失敗したら怒られるだけですよ。

 

◇ラジオって、そういうところで身軽というか。今年はプロ野球の開幕が遅れるとなったら、つなぎの番組とかサクッと出てましたよね。リスナーとしてはありがたいけど、どうなっても対処できるようにすることが技術には求められてしまうから,ご苦労があると思います。ミスがミスで済まないのが放送の世界ですし。

 

◆我々「運行」っていってるんですけど、この手順はちゃんとおぼえてなくちゃいけない。とくにシステムを切り替えた初期には、かならずまちがったデータがくるので、それ全部パッとみて、ここで音が途切れるとか、これオンエアスタジオないよとか……。

 あと、さきほどの階段降りの場合は、階段の数だけ、実はプログラムが存在します。だから階段が20個あったら、20個の番組表があるんです。実際使うのは1個なんだけど、全部見てなくてはいけなくて。

 気をつけないといけないのは、たとえば05番っていうプログラムには、コマーシャルが1分なのに、06番には1分20秒だったりするんですよ。時報とかのからみで、時間が動かせないコマーシャルがあったりするんですね。

 

◇さっきの「K」ですね。

 

◆そうですね。そうすると、30分番組29分で作ってきたときに、1分だったら入るけど、1分20秒だと入らないんです。これを間違えると大変なんです。

 

◇それは技術の責任なんですね。

 

◆最終的には技術が目を皿にしてチェックします。

 

◇複数でクロスチェックじゃなくて?

 

◆残念ですが、次の段階にいったひとがチェックするのが(実質的な)クロスチェックになっていて、同じことを二人ではやらないですね。

 

ラジオマンがミスするとき

 

◇一つの番組をある程度一人前にできるのに、何年くらいかかるものですか。

 

◆スタジオと、さきほどのマスターの場所(主調整室)でオペレーターをやって……3?5年ですかね。

 でも新人のころから、やれそうなことはやらせてみます。ラジオ局は教えるシステムがないんですよ。最初は先輩にくっついて教えてもらいますけど、半年もすれば、そこで、がんばってと。あとは実際にやらしちゃったほうが早いです。

 

◇致命的にならない程度の失敗を経験として積み重ねて一人前になって行く。職人的な世界ですね。

 

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◆失敗はね……(思い出している)……、初期に中継しに行ったとき、すばらしいものを忘れたんです。

 ACのテーブルタップ。で、しょうがないので、このときはそこのホテルの支配人にたのんで、ホテルの支配人が個人的に知ってる電気屋を紹介してもらって、シャッター閉まってるところを、ガンガンやって開けてもらいました。タクシーに飛び乗って。往復で6千円かかりましたね。

 忘れ物はよくあるので、事前に一回組み立てて、っていうのをやってますね。放送用のケーブルってみんなオスとメスがあるんですね。アメリカ製とヨーロッパ製でオスとメスが逆なんです。また日本製は両方あるんです。もちろんオスメスを間違えるとつながりません。

 あと宅急便で20キロ超えると昔はことわられたので、――いまは30になりましたけどね――20キロを下回るように……。体に染み付いているんですけど。オーバーする時はまずは電池を抜きます。次は小さくて重い物を自分の鞄にうつす。マイクスタンドとかですね。

 

◇高木さん自身が、もう自分は技術者としてやっていけそうだと思えた仕事は?

 

◆どれかな……ネットワーク用のシステムを全部作りかえたときですね。38歳ごろ。

 何をやったかというと、最初にうちのためのネットワーク用の自動運行システムを全部いれかえました。

 これは、要はこの時間になると文化放送が入って……文化放送とニッポン放送は同じネットをつかってるから、この時間になったらニッポン放送が入るっていうことも覚えておかないといけないんですね。文化放送が音切るのをわすれると、ニッポン放送側が放送事故になりますから。同じ回線をつかってるので。だから文化放送のネットワークシステムを組んだ時点で、当然私はニッポン放送のシステムを理解しないといけなかった。これがひとつめ。

 さらにそのときに、ニッポン放送とTBSと協同で、ネットワークの連絡用のQUEシステム【注3】を全部いれかえたんですよ。日本中の放送局の。で、実は今、TBSが放送しても、ニッポン放送がやっても、文化放送がやっても、受ける局の、CM連動システムは全部同じものです。切り替える先は違いますが。

 

◇ところで、ラジオマンの生活はどれくらい不規則なんでしょう。

 

◆担当する番組ですべてが決まります。私はいま「くにまるジャパン」の担当なので朝型ですね。始発で来ます(笑)。その前は(吉田)照美さんの番組の担当で、あれはタクシーで家を(夜中の)3時に出てました。番組は6時なんで、4時集合。

 

◇全然かわっちゃいますね。寝る時間が。

 

◆はい。これは家のなかは大変だと思います。

 技術のころは、早出よりも、泊まりが多かったことが大変でしたね。マスター室は24時間だれかがいなくちゃいけないから、週に1回完全に泊まりの日があって。

 

◇話が戻りますが、「早い時期に一本立ちして、あとは学べ」みたいなかたちだと、技術の伝承というか、そういうものってどうなるんでしょう。

 

◆ありますよ。先輩後輩チームだから。ただ誰かと固定してとか、縦の関係を直接作ってないだけです。

 たとえば普通の会社みたいに、教育に半年かけるとか、そういうことはないです。上司にくっついて、みたいなのもない。中継でも、最初に行ったときから一人でしたから、誰にも教わってないです。送信担当のときは、ちゃんと先輩がいたから教わりましたが……実験場ではだれもいないから自分でしかやれなかったとかですね。

 設計については、一応先輩いたんですが、だいぶ歳が上だったので、聞けることと聞けないことがありました。デジタルものがはいってきたときは、先輩からは話が聞けなかったですね。配線のリストは、前に作った人がひとりいて、四谷時代はその人が作ったものをつかってました。でも、こちらに来たとき、一から作り直しました。

 設計図自体は二人後輩がついてまして、メーカーと交渉に行くときも、工場に検査に行くときも、3人でやってました。その二人は私が何をやってるか全部見てます。

 でも(私の頭には)いまの一番新しいデータがはいってないから。私が技術に戻ると、新しいデータもらって、またそこからはじめることになっちゃう。

 

「最後まで音がわるいヤツはアホ」

 

◇高木さんはベテランと言われる年代になって初めて制作に異動したわけですが、やってみてどうですか? ディレクターの立場で技術の人たちを見る感じとか。

 

◆ははは、時々注文だしたくなるときはあります。でも、「ちょっとBGM小さくしてよ」くらいですね。

 

◇話を聞いていて、ラジオって、それぞれが力を発揮しやすい少人数システムなんで、プロの仕事としてやりがいがありそうだと思います。

 

◆それは間違いないですね。人数が少ないから、自分でやらなくちゃいけないんですね。そうすると、任されたら必ずそこをやらないといけないから、逃げられないっていうのはありますね。そのかわりよくも悪くも、自分にはねかえってきますから、やりがいはありますよ。

 

◇生活時間もちょくちょく変わるし、番組そのものも移り変わるし、飽きない仕事と言えそうです。

 

◆というか、新しいことやってないと、仕事としてちゃんとできてないことになりますからね。新しいこと作るのが仕事ですから。

 

◇キャリアを積んでから制作になったことで、技術のことが冷静に、客観的に見える、あるいはその大事さが見えてきたなどということがありますか?

 

◆たしかにあります。それよりも、制作でやらなくちゃいけないことが多いけどね(笑)。技術ができることはわかってるから、「あれ?」って思ったときに相談に行くのが、普通の人より早いっていうくらいかなあ。

 

◇リスナーは「技術ががんばってるな」って普通思わないですよね。番組が面白いかどうかですよね。それでいいんですか?

 

◆もちろん。番組内においては裏方でいいんです。まあ、番組内で質問がきたときなどは私が即答してますが。

 たとえば「計画停電があったときに、電話どうなるんですか?」っていう質問があったんです。答えは、「電話線が繋がってる最初の一台に関しては、普通の電話機能だけ動作します」と。留守番電話もだめだし、ファックスもだめだし、コードレスホンもだめ。ただ、電話はとれます。そういうことをスタジオでポッと話せる。そういう変なメリットもあります。

 技術ってノーミスであたりまえの世界なんで、外から見てたら、普通は分からないと思いますしそれでいい。でも技術同士ならわかります。たとえば文化放送とTBSとニッポン放送の同じCMを聞かせてもらえれば、どの会社のかはたぶん分かります。

 音が違うんですよ。文化放送だったら高木が作る音が出てる、ということは多少はあると思いますよ。結局自分がベストだと思うものを作ったとき、ほかの人が聞いた時とは違いますから。

 

◇最後に、高木さんの音作りへのこだわりは?

 

◆「きれいにきこえるように」っていうことですかね。

 

◇いや、もう、そうなんでしょうけど。

 

◆スタジオのミキサーは瞬時に調整するので。ミキシングは、よくいうのは、「最初が音悪いのは仕方がないことがあるとしても、最後に音がわるいやつはアホだ」と。「最後までには修正しろよ」と。

 システムとしては、少しくらいミスしても大丈夫なように作るのが普通です。でも逆にミスしても、一番いいところを狙うっていう手もあると思います。AM局でこれをまじめにやってるところとやってないところでは、あきらかに実は、成績が違うように思ってます。営業成績ですね。とくにAMとFMの比率がちがうかもしれない。

 東京地区では、AMが完全にFMの合計に勝ってるんですね。ところが地方ではFMのほうが強いところがあります。これは、番組の作りにも同じように力が入ってるからなんだと思います。

 地方のひとに怒られるかもしれないですけど、がんばってるところはそれなりに評価されるんだろうなと。

 

◇音質だけでいえば、FMのほうが一般的にいいとされる。

 

◆適当に同じようにやったらFMが勝ちます。だからこちらはAMとしての弱点があることを把握したうえで、やれるところは全部やろうと思っています。そこにやりがいも、面白さもあると思っているんですよ。

 

◇もう一度,技術部に戻りたいんじゃ……。

 

◆いやいや、私はどっちでもいいんですよ、ははは。

 

※注1: 「影しゃべり」=もともとは、イベントなどで、ステージ上からではなく、観客に見えないところからのトークのことを指す言葉。これが転じて、ラジオの公開生放送で、ステージ上とは関係なく、放送進行のためにアナウンスブースやスタジオから挿入するトークのことをこう呼ぶことがある(本文ではこの意味)。

※注2: 「ネットしてます」=全国各地にある複数の放送局で放送される番組を「ネット番組」と呼ぶが、「ネットする」とは、ネット番組として放送するの意味となる。

※注3: 「QUEシステム」=CMのスタートタイミングなどをネット局に伝えるシステム。

 

☆プロフィール

高木誠利(たかぎ・まさとし):1961年、千葉県生まれ。1984年、文化放送入社後、24年間、技術畑を歩み、ラジオ界では著名な存在。現在は編成局制作部で番組ディレクターなどを担当している。文化放送編成局制作部次長補佐。

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