第五回 ぼくは船員しかやったことがない

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31年間、海とともに

今回の登場人物

◇話し手 和田倫太郎(船員)

◆聞き手 北尾トロ(調査人)

・写真=西郡友典

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 ぼくは船乗りと言う言葉に、どこか憧れめいたイメージを持っている。乗っている船が小さい感じがするからだ。ちっぽけな人間の存在など意に介さず荒れ狂う波にもてあそばれながら、それでも目的地に向かって航海を続ける男たち。恥ずかしいけどこんなものだ。少年時代に読んだ冒険小説の世界をそのまま引きずっているのである。

 

 では船員ならどうか。船乗りとは違い、こちらのイメージは大型船だ。タンカーとかフェリーとか図体がデカく、運ぶ荷物も大量という感じがする。運行を行うのは企業だろうし、ジャンルとしては遠洋漁業や貿易、旅客業。ビジネスの匂いがすると言い換えてもいい。が、具体的なことは何も知らない。島国にとって海運業は欠かせないものであり、それを支えるプロがいるのは知っているけれど、どんな仕事をし、どのようなライフスタイルのもとに彼らが日々を過ごしているか想像がつかない。

 

 「いま陸(オカ)にいるから」ということで、船員一筋に生きてきた和田倫太郎さんに話を聞かせてもらえることになった。待ち合わせの場所は東京の竹芝桟橋。都内で土地鑑のあるところを指定してもらったら、ここだったのだ。海をバックに話が始まる。

 

父親の果たせなかった海の道へ

 

◇いまの会社は三ヵ月〜四ヵ月乗って、ひと月くらいまとめて休みなんですよ。会社によって、船によってサイクルは違いますけど、船員の仕事は海に出たら出っぱなしだから、休みもまとめてというのが多いと思います。

 

◆それを聞くだけでも特殊ですね。

 

◇そうですか? それが当たり前になってますけど。えーと、それで何から話せばいいかなあ。きっかけにしましょうか。どうして船員になったかっていう。ぼくの親父ってラーメン屋なんですけど、若い頃は船員になりたかったみたいなんですね。どうしてそれがわかったかというと……あの、こんな話でいいんですかね。

 

◆もちろん。興味深いです。

 

◇中学三年だったか、進路を決める時期に、中学校から進路がいろいろ載ってる小冊子をもらったら、たまたま船の学校が乗っていたんですよ。僕は普通高校に進学して大学行くコースはつまらない気がしていたんで、船乗りになるのもいいなと。そうしたら、親父も若い頃そう思って船の学校を受験したって言うんですよ。落ちたんですけど、親父。でも、そういうことを聞くと、じゃあ俺はそっちに進んでみるかと。

 

◆親父の果たせなかった道を俺が行くぞと。

 

◇深く考えたわけじゃないんですけどね。ちょっとはそういう気持ちもあったかな。僕が行ったのは商船高専。あの、船って階級社会なんですよ。

 

◆というと?

 

◇兵隊なら兵隊と士官に分かれるじゃないですか。それと同じで、船員の学校も違うんですよ。船員の技術を学ぶ海員学校(現・海上技術学校)と、商船に乗るような外航船舶職員を養成する商船高専(商船高等専門学校)があるんです。小冊子に載っていたのは海員学校だったけど、親父に聞いたら商船高専を受けろというので、そっちにしました。

 

◆高専だと何年制ですか?

 

◇五年半ですね。四年半学校で勉強して、最後の一年は実習。実際に半年間の航海をするんです。僕が行ったのは日本でもっとも歴史のある三重県の国立商船高等専門学校でした。全寮制で、生徒は全国から集まってくる。

 僕が卒業する前の年くらいから女子が入ってきたんですけど、それまでは男ばっかりで。学生は西の人間が多かったですね。石川県も多いかな。なかには親が船員の人とかいて、将来どんな会社に行きたいとか目標もはっきりしているんですけど、僕は会社の名前も知らずに入っちゃった。

 

◆動機が「親父の無念を晴らそう」ですからね。

 

◇海は好きでしたよ。船員になるっていうより、漠然と海が好きで入った。船マニアとかそういうことでもなかった。全寮制ですから、軍隊みたいなところもあって、上下関係とかわりときびしくて。殴られたりとかも普通にあって。でも僕は別に……他の学校にくらべたらきついんですけど……こんなもんかなと。

 

◆性に合っていたのかもしれませんね。

 

◇ハハハ、余計なこと考えない性格なんで。卒業したら、三級の免許をもらえるんですね。「海技士(航海)」っていう。むかしなら航海士の免状とか、機関士の免状とかだったんですけど、途中から変わってきたんですね。それで在学中に上の免許をとるといい会社に行ける。三級だけじゃ採用してくれないですよ。だからまぁ、船員になる以上は自分なりにがんばって海外の航路とか行かない手はないだろうと、ハハ。いまはもうありませんが、岡田商船という日本郵船の子会社に就職しました。

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最初の航海でペルシャ湾の紛争地帯へ

 

◇その頃、船会社の景気はどうだったんでしょう。

 

◆良くなかった、ハハ。自分らが入社した頃は大規模なリストラをやってて。入ったその年に、たとえば東京方面の人が全員集められて、会社の人から、いま辞めれば退職金いくらいくらって言われて。それで三分の二くらいに(社員が)減ったんじゃないですか。

 

◇いわゆるリストラだ。希望を胸に入った途端に現実を知ると。それは輸送の手段が海から飛行機にかわったからですか?

 

◆むしろ機械化が進んだせいでしょう。

 あと、いまは日本の国内をまわる船は日本人じゃないとだめですけど、船員って当時は外国人もできたんですね。外国の船は(オーナーが日本の会社でも)日本人なんか乗ってないですから。船長だけとか、船長さえもフィリピン人とか。

 

◇最初の航海はおぼえてますか?

 

◆一番最初は、高山丸っていう、ペルシャ湾に原油を積みに行く船なんですよ。大きさは314メートル。これに18人くらい乗ったのかな。僕は航海士として乗船しました。

 

◇こういう船にのるひとは、機関士と航海士の二種類ですか。

 

◆そのほかに、いまはいないですけど無線士。あとはコックさん。いまはもう全部兼用ですけどね。

 たとえば航海士の下に甲板手がいたんですけど、それもいまは兼用になっています。当時は分かれていたから、たとえば何かあれば「エンジン(機関士)の野郎!」とかね。最終的には仲良くやるんですけどね。一緒にいる時間が長いですからいがみ合っていたら仕事にならないんです。ペルシャ湾のときは行って帰って二ヵ月くらい。

 

◇機関士は、エンジンを動かす人たちと考えればいいんですか。

 

◆メンテとか。あとエンジン以外にも、たとえばタンカーって油を積むから、でっかいポンプとか積んでるんで、そういう機械関係全部。航海士は、気象関係、荷物の積み降ろし、ブリッジとかですね……。

 

◇舵取りやってるのは航海士なんだ。

 

◆そうですね。よく「船長が舵を取る」って言いますけど、船長は命令するだけなんですよ。二十度舵を取るとか。いまは人がいないから全部自分でやってますが、航海士も元々は航班員に命令を出すだけだったんです。

 仕事の時間は、その頃は一等航海士、二等航海士、三等航海士がいて、一日24時間を三交代で走らせていました。船長は、いつでも出てこれるように待機。

 

◇そういう場合、日本から空(から)で出て、積んで戻ってくるわけですか。

 

◆はい。でも厳密には違うんです。というのは、積荷をのせると沈みますよね。だから安定が悪いから、そのぶん海水を入れるんです。

 

◇油を入れるタンクに海水いれるんですか?

 

◆専門的なやりかたがあって、水と油だから、分かれるんです。その下だけ捨てるんですよ。その境界線が機械でわかるようになってるんです。

 いまはもう、それもできなくなったんで、完全にセパレートして積んでます。で、25日かけて行く。船が大きいし、一つの港では済みませんので集荷に二〜三日かかりますので、約二ヵ月間の航海になります。

 それはいいんですが、初航海のとき、戦争やってたんですよ!

 

◇80年代ですよね。湾岸戦争の前……あ、イラン・イラク戦争。

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リベリア船籍の船に乗っていた時代の船員手帳

 

◆海員組合(日本海員組合)に入ってて、「何かあれば(船を)降りていいよ」って同意書を書かされて乗りましたよ。「何かあれば」って……(笑)。

それでインド洋へ行くときに、もういちど船長から、「異存ないか」って同意書とらされたなあ。目的地、ペルシャ湾ですから、ハハハ。その後、PKOとかで自衛隊がソマリアとかに行ったじゃないですか。その前の時期ですから。戦争やってる中を、爆弾抱えて走ってるようなものなんです。

 

◇アメリカ軍とか沖にいたり?

 

◆いました。(身振りを交えながら)ホルムズ海峡っていうのがあって、こっちがイランですよね、こっちがUAEとかサウジなんですけど、どうしてもこの狭いところを通らないといけないんですね。

 で、ここに、イランのほうはガンボートという漁船に機関銃を積んだものを走らせていたんですよ。もちろんイランの軍艦もいたんですけど、軍艦はこわくないんですよ。こちらはただの商船だから攻撃されない。

 でもガンボートは統制がとられてないから、何をしてくるかわからない。こっちにガンボートがいたりすると、反対にアメリカとかイギリスの軍艦があって、にらみあってる(笑)。だからそこを通るときは、会社から防弾マントとか配布されて。

 

◇それで助かるとも思えませんが。暑さも半端じゃないでしょう。

 

◆ええ、仕事にならないんで、装着しなかったですけどね。

 

◇丸腰ですか!

 

海の男の日常とは

 

◆一番最初は、四等航海士として見習いで行ったんです。12月に乗って2月に帰ってくるじゃないですか。その次からは3等航海士としてまた行く。怖い? 怖くないと言えば嘘だけど、なんていうか、そういうものだと思ってた。

 

◇航海中は何をするんですか。

 

◆男だけの世界なんで、お酒飲んだり……。あとは船は走ってるけど「休み」っていうときがあるんですよ。まあメンテナンスはするけど、この船だったら、三週間くらいはずっと走りっぱなしじゃないですか。そうすると船長が当直に入って、その間に、一等から三等が交代で休めると。

 

◇休みの日も船の上(笑)。

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◆ハハハ、そうっすね。ビデオみたりとかカラオケやったり。大きい船だったから、卓球もあったし。

 

◇部屋は個室なんですか?

 

◆個室。大きい船ですから結構広いですよ。外国の船なんかは、室内にバストイレついてますから。船長の部屋は、寝室と事務室と両方あったりして。ただ、小さい船は全然別ですよ。でも国内の船は小さくても個室ではあります。漁船とは違いますね。

 

◇勤務体系は時間で区切られてる?

 

◆さっき三等分してるって言いましたけど、昼でも夜でも、12〜4時まで、これが一つの当直なんですよ。その次が、4〜8時、8〜12時。これで分けるんです。

 ただこれ以外にも仕事はいろいろありまして、最初は下っ端だから、雑用もいろいろ頼まれます。睡眠も割と細切れです。三等は午後8〜12時にシフトに入るんですけど、同じ当直の人がペアでやってますから、終わったら一杯やって、午前1時半ごろ寝る。そして朝7時ごろ起き、昼まで当直やって、昼からまたちょっと他の仕事やって、飯がだいたい5時ごろなんですけど、それから8時までまたちょっと寝たりとか。

昇進して、三等から二等になったら、12〜4時になる。その会社によって多少ちがうかもしれませんが、大体一緒です。

 

◆変則的ではあるけど一定のサイクルで動いているんですね。往復二ヵ月程度の航海だと、途中でどこかに寄港するんでしょう?

 

◇いや、直行なんです。たまに、シンガポールで燃料いれるために、いかりを下ろしたりするんですけど、でっかい船の横に小さいタンカーが横付けして燃料入れるだけ。陸にあがらない。

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外国航路タンカーの甲板

 

◆ペルシャ湾の目的地では降りるんですか?

 

◇基本的にペルシャ湾は降りられないです。当時は紛争地だったこともありますけど、ペルシャ湾とかの石油ターミナルって、沖のほうにあるんですよ。港じゃなくて、沖のほうに構造物があって、そこに船をつける。だからタンカーは一番つまんないっていいますよ。たとえばバーナーを積む船とかは結構いいところにつけて、そのあいだに交代で上陸できるんです

けど。

 

◆長い航海の後は陸に上がってドンチャン騒ぎみたいなイメージがあります。港ごとに女がいて、マドロス物語じゃないけど、武勇伝がいろいろあって。ギリシャへ行ったとき会った、元船員の爺さんたちがそんな感じでした。

 

◇昔はそうでしたよ。僕らが入ったとき、50(歳)くらいの人たちは、「お前らは遊べなくてかわいそうだ」って言ってましたよ、ハハハ。僕らの頃はもう、昔ながらの船員のイメージとは違ったものになってました。あ、年に一回だけ、船の定期点検があるんですよ。そのときはもう完全に工場の仕事になるから、夜はオフです。それが大体、昔は日本でやってたんだけど、もう20何年か前から、シンガポールでやってて、よく遊びましたよ(笑)

 

◆そうこなっくちゃ。だって、まじめにやってたら……女っ気ゼロでしょう。

 

◇ハハハ、うるおいがなさすぎですか。

 

◆そうですよ。

 

◇まあ、ペルシャ湾はないですけど……航路にもよるみたいですよ。これ以上は聞かないで下さい(笑)。

 

マグロ一本と少年ジャンプ

 

◆行き先はどんなふうに決められるんでしょう。

 

◇基本的に船の大きさで決まります。ペルシャに行く船はもうそれだけですね。行って帰ってきて「1航海」っていうんですけど、それを四回やったら、大体9ヵ月じゃないですか。それで3ヵ月休みとか。そういうサイクルで働いていました。戻っておろしたらまたすぐ行って。日本に帰ってきたときだけは、夜だけ乗組員を休ませる。それでも三〜四日です。

 

◆すぐまた出航になると。

 

◇ええ。正月とかに重なると切ないですよ。いまは衛星放送あるけど昔はないでしょ。大晦日の晩、だんだん紅白が見れなくなってくるんです。映りが悪くなっていく。「ああああ……」って感じで、そりゃもう、ハハハ。あと、東京とかって明るいじゃないですか。だんだん明かりが遠ざかっていく。これも「ああああ」(笑)。一日経てば慣れちゃいますけどね。

 

◆ラジオが貴重な娯楽だった。

 

◇短波なんでアンテナありますから、無線で各部屋にくるようになっていて。いまはどんな小さい部屋でもテレビとか冷蔵庫とかありますけど、昔は食堂とか娯楽施設にしかありませんでしたよ。

 

◆共同生活で気を使う点は?

 

◇24時間走ってるじゃないですか。いま寝てるひともいるんですよ。だからソーッとドアを閉めたりとか。イジメみたいなことは滅多にないんです。

 船ってね、みんながカバーしてくれるからなんとかなるんですよ。仲間意識はけっこうありますよね。いまは乗船する人数が少ないからあれですけど。それこそ言い方は悪いけど、船にしか乗れない人とかいるんですよ。昔は給料よかったから、陸上だったら10万ももらえない仕事しかできない人が、船なら働ける。字が書けない人とかいましたからね。

 うーん、昔は人数足りない時期があって、会社のほうから地方の学校にいって、支度金まで渡して船員を集めたわけですよ。それこそ、人の言うことを理解できないのもいたんですよ。でも会社は人数合わせで入れる。ただ、仲間意識が強いから、「お前できないなら掃除でもやっとけ」とか。そういう感じでね。それはすごくあったんですよ。僕は船員という仕事のそういうところ、同じ船に乗る仲間っていうところは、いいと思うんですよね。いまは人数少ないですからそういうわけにもいかないですけど。それも船長がいいところだと楽しいし……。

 

◆賃金はどうなんでしょう。

 

◇いやー、僕なんてそんなにもよくないですよ。タンカーはいいんですよ。危険手当つくから…。そうねぇ、僕は25〜26年前、一番最初の頃で、手取り35〜36万くらいもらってたかな。あと良いのは、35万もらえるとするじゃないですか。住居、飲食代かからない。ハハハ、ね。下着は自前だけど、作業服は会社持ちです。

 

◆船の上では使い途もない。

 

◇あと免税で、酒とか。ビールとかもひとケース買っても2000円くらいで買えちゃうし。僕は吸わないけどタバコもそうだしね。だからその気になれば残せますが、上陸できるところへ行くとバカみたいに使っちゃうんです。ストレス解消じゃないけど、これはもうねぇ、使いたくなりますね。酒飲むにしても、ただ飲むんじゃなくてにぎやかなところに行きたくなる。日本に上陸するときとかも、ばんばんタクシー拾います、ハハハ。

 

◆その気持は察します。

 

◇あと本がね、いまはそれこそ、パソコンでもできるんですけど、本がないんです。だから横浜に船員を相手にしてくれる本屋があって、『少年ジャンプ』とか二ヵ月分とかとっといてくれるんです。それで、自分らが下っ端だったから、船ではレクリエーション費とかがあるんですけど、それを船長からもらって本を買ってきたり。

 あと自分等らなんかは、二ヵ月に一回日本に帰ってくるでしょ。でもマグロ船とかは帰ってこないじゃないですか。だから沖で会う(すれ違う)じゃないですか。(その時に)無線で呼ばれて、「本をくれ」って言われるんです。

 

◆え、そんなやり取りが。

 

◇小さい船とか漁船を横付けするでしょ。でも大きい船だとそれができないから、みんなが読み終わった本が娯楽室にいっぱいあるので、それをビニール袋にいれて、ぼーんと投げて。

 

◆もう海に。

 

◇うん。それを拾って。「お礼にマグロ一本やるから」とか言われて、「いや、いいから」って(笑)。

あと、これ本当の話なんですけど、そういうことがあった後で、たまたま陸で(マグロ船の人と)再会した人がいたんです。そしたら、その人の家にマグロをバーンって持ってきたんですって。お礼に。

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三航士時代の和田さん

◆いい話ですねえ。

 

◇本とか雑誌って、海にいると本当に貴重なんですよ。いまはそれこそビデオとかあるからいいけど、なかったからね。読み終わってもまた読んだり。あと回覧板じゃないですけど、雑誌とか仕入れてくると、部屋の番号が書いてあって、回すんですよ。最初はみんな読みたいからどんどん回すんです。で、最後のやつが娯楽室に置くんですけど、やっぱり読みたいやつをじっくりそこで読む。いまでもそうだと思いますよ。パソコンとかあったって……。読まない人もいるけど、なんせ時間ありますからね。外にも出れないし。

 

◆毎日毎日、風景変わらないですもんね。船から船に、本を売りに渡り歩く商売が成立しそうです。

 

◇横浜のイセザキ書房(http://www.isezaki-book.com/)ってところがそれをやってました。自衛官とか官庁の船っていまでもイセザキ書房が行ってると思いますよ。ただ普通の日本船は日本人が少ないから行ってないと思うけど……でもここは、呼ぶと港まできてくれるんですよ!

 

父は「船に帰る人」

 

 

◆外国人ばっかりの船って英語のやり取りなんですか?

 

◇英語でしょうね。あとはコミュニケーションって、英語ができなくてもいいんですよ。それこそ漁船乗ってる人なんかそうなんだけど、英語なんかしゃべれない。でもコミュニケーションとれますからね。

 

◆話が変わりますが、和田さんはペルシャ湾を始めとする外国航路から国内便に乗るようになったんですよね。国内便っていうのはまた全然違うんですか?

 

◇全然世界が違いますね。僕は外国航路に5年くらい乗ってて、その後の15年くらいが、観光船みたいなのに乗ってたんですよ。それでちょっといろいろあって、そこをやめることになった。

 ちょうど6年前の夏に、国内だけのタンカーに転職しました。船の大きさもあるんですけど……、たとえば車でも、タクシーもいるし、トラックもいるし、全然違うじゃないですか。でも船ってもっと違うんですよ。国内と海外ではやることが全然。船員の気質も全然違う。やっぱり外国(航路)の人は、ある程度高学歴で、紳士が多い。でも国内は、中学校を出てない人も多いですよ。50くらいのひとが、ヘルメットをはすにかぶって、パチンコ屋に行ったりとか。内航のほうが、そういう人が多いですね。

 

◆なるほど。

 

◇あと全然違う話ですけど、僕外国で働きたくて、外国航路に乗った後、寿司の学校に通ったことがあります。結局外国には行かなかったんですけど。

 

◆海外で働きたかった?

 

◇というか、当時熱を上げていた女性の関係もあったんですけど、ハハハ。

 

◆でも職人にはならなかったんですね。

 

◇あのね、結婚しちゃったんです。

 

◆何歳のときですか?

 

◇26くらいですね。寿司の学校に行きながら、7ヵ月くらいぶらぶらしてたときに知り合った女性と恋愛しまして、ハハハ。それで結婚したんで、きっぱりあきらめまして船に戻ったんです。でも船員には独身が多いですよ。いまの船でも、50いくつで、結婚してない人多いですよ。

 

◆わかる気がします。家庭があっても、離れて船にいる時間がものすごく長い。独身であれば金は残せるし、仲間もいるから孤独ではないし……。

 

◇それはありますね。

 

◆仕事のサイクルも国内だと違ってきますか?

 

日本国内の船ってせわしないんですよ。毎日荷物の積み降ろしがあって、◇ゆったりする時間がなくて。たまに夕方港に着いたら、沖でみんなで酒飲んだりとかしますけど。

 

◆日本はちっちゃいからすぐ着いちゃう

 

◇いま乗ってる船は博多中心なんですよ。上げるのは。積むのは和歌山とか、岡山とか、関西から博多に持っていく。和歌山から博多に行くと22時間くらいかかるから、夜(の自由時間)はあるんだけど、岡山と博多だとだいたい18時間。朝一番に着くじゃないですか。荷物積んで昼に出航すると、翌朝博多について、また積み降ろし。だいたいガソリンと軽油なんですけど。集中して二〜三ヵ月やって、一ヵ月くらい休みになります。

 

◆国内でも長く家を空けることには変わりがない。一ヵ月って夏休みくらいですよ。どうやって過ごすんですか。

 

◇趣味のある人はいいですけど、けっこう暇ですよね。僕はやらないですけど、パチンコやる人は多いみたいです。借金? いますよそういうひと。それこそ、博多っていいところだから(笑。港から繁華街が近いんですよね。自分は結婚してるからいいけど、そうじゃないやつは、給料以上に使ってますからね。

 

◆それはそれで問題アリだったりしますが、家庭的なバランスを取るのが難しそうです。一ヵ月も家にいたら、早く海に行けと言われそうだ。

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旅客船船長時代の和田さん

 

◇アハハ、言われますよ。マグロ漁船とかだと二年くらい帰ってこないわけですよ。そうすると、帰ってくると子どもがキョトンとするらしいです。だから僕、子供が生まれてからずっと、毎日帰ってくる船やってたんですよ。たまに台風で船にいなくちゃいけないときもあったけど、基本的に毎日帰ってたんですよ。それなのに、帰ってくると子どもに「お父さんいつ船に帰るの」とか言われたり。

 

◆そうまでしても「船に帰る人」って思われてる(笑)。お子さんいくつですか?

 

◇女の子三人。一番下は今年高校卒業したんだけど、家にいます(笑)

 

◆とうちゃんが家に一ヵ月いて、10代の女の子と何をしてるんですか(笑)

 

◇はぁ? いやでも、そんな疎まれてないんで、ええ。昨日もうちから、さいたまスタジアムまで一緒に歩くかとか(笑)。二時間くらいかけて散歩しました、ハハ。

 

◆さっきのマグロ漁船だと、寅さんみたいになっちゃいかねない。

 

◇それこそ、昔の遠洋漁業なんかは、帰って二週間くらいしたらまた行っちゃいますからね。いまは労働基準法みたいなので、そこまではないですけど。

 マグロ船って漁船では独特で、自分らは完全な給料だけど、水揚げで給料が決まるんです。基本給は安くて、水揚げで、船頭が3割もらったら、機関長が1.5(割)もらってとか、全然違うんです。

 マグロ船なんか狭いですからね。二年分のものを狭い部屋につめて……自分らは軍手とかトイレットペーパーとかは会社の金なんですよ。漁船は自分の金なんです。買ってもってくんです。稼げなければしょうがない。いまそれで、とれなくなったから、みんなやめてますよ。そういう人が辞めて、国内の船にきてる。

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船員の仕事が好きなわけ

 

◆ところで船で病気になったらどうするんですか。タンカーに医者は乗っている?

 

◇乗ってないです。外国にいく客船とか、訓練の練習船以外は。いざというときは、保安庁がヘリでやってくるとか、あと衛生管理者ってあるんですよ。国内の船には乗ってないですけど、外国に行く船に乗ってるひとは、学校卒業してから(船員保険っていまはないですけど)、品川の病院に一ヵ月くらい勉強しにいくんですよ。僕も傷を縫うくらいは勉強しましたよ。薬のこととか。船には専用の、医務室もあるし。

 ただ実際そういう経験ないですからね。僕も一回、ものもらいになった人から「切ってくれ」って言われたんですよ。それで、目に塗る抗生物質があったから、「これ塗って治らなかったらやるよ」って言って。たまたま治ったから良かったけど。切るのはやっちゃいけないんだけど、いざとなったらやるしかない。

 そうそう、エンジンの人が、ボイラーのバックファイヤーで、空けた瞬間に全身火傷しちゃったことがありました。ちょうど日本に帰ってきたからよかったんだけど、呼吸と同時に体が動いてるんですよ。皮膚呼吸ができないから。港に付けたらすぐ救急車で運びましたけど海だったら……。

 

◆ペルシャ湾とかだったら。

 

◇そういうときはヘリで運ぶんじゃないですかね。だけどまぁ……船で人が死んじゃうとやばいんですよ。僕が乗ってるときじゃないんだけど、休みの日にずっと飲んでた人が、カラオケ大会で階段すべっちゃって事故死したと。それは本当のことなんだけど、みんなが口裏を合わせれば事件を隠すことだってできちゃうでしょ。だから帰国後、警察からは相当キツく言われたみたいです。

 

◆一種の密室ですからね。

 

◇そういう伝説みたいな話はたくさんあります。日本に帰る二日前くらいまでいたんだけど、気がついたら消えていたとか。

 

◆小説に出てきそうな話もあるわけですね。いまもそうですか?

 

◇いえ、いまはすごく管理されてます。「ISO」とかも船に入ってきて。当直に入る前には、アルコールの検査を全部やって、サインして。法律で決まってるんですけど、海図とか、船の舵とかエンジンとか、正常な状態じゃないと出航できない。それも全部書面で書かないといけないんですよ。チェックリストがあって、それをとっておかないと、あとでやられちゃうんです。管理面ではキビシくなり、伝説が生まれにくくなっちゃったかも知れない。

 

◆ちょっと不思議に思うのは、和田さんはお子さんが幼い時期、家族と過ごすために毎日帰宅できる仕事についたじゃないですか。ところが、現在は戦地を行く国際航路じゃないとはいえ、長期で家を空ける国内便に戻られています。これはなぜでしょう。

 

◇うーん、高専時代から数えると、僕は中学を出てから31年間、この世界にいるわけです。寿司屋にもならず、ハハハ。それはやっぱり、船員が好きなんですよね。

 

◆他にやれることがないからではなく。

 

◇はい。あの、この仕事は、乗組員のみんなと一緒に仕事をする一体感があるんですよね。陸上の仕事だと、8時間ガマンすれば家帰れるじゃないですか。船員はそれがないじゃないですか。二ヵ月も三ヵ月も家を離れて、仲間と過ごすじゃないですか。

 

◆おのずとそうなる感じがしますね。

 

◇逆に言うと、そういう一体感の無い船は絶対事故起こすんですよ。不思議と。それをみんなわかってるから、実際にはどうしても仲の悪い人はいるんだけど、輪を大切にしようという雰囲気はあります。いがみあえば自分まで居づらくなってしまう。

 

◆船の上での一体感が、和田さんにとっては特別なもので、ほかでは得難いものになっている。

 

◇航海当直中、海、自然を感じられるんですよね。飛び魚やカモメ、朝日、夕日、満天の星。

また海自体も日々その表情を変えて自然の中に生きているということを実感します。

 

◇それもまた、海を仕事場にしている人の実感なんでしょうね。

 

◆移動というのも重要かなあ。毎日家に帰っていたときは、10年間、住んでいる春日部から天王洲まで通勤していました。いまの職場に転職して、改めて思ったことがあるんです。昨日は和歌山、今日は水島(岡山県倉敷市)、そして明日は博多。転々と移動することに、喜びとまではいかないものの、ストレスが溜まるのと反対の状態を感じますね。

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表に出ると、東京湾内にはたくさんの船が浮かんでいた。写真を撮りながら、和田さんが沖の一隻を指差して言う。

 

「商船高専での実習では、ああいう中型の船に乗って半年間航海したんです。いやー、そうですよ、まさにあんな船。楽しかったですもん。技術も教えてもらったけれど、なんていうかなー。仲間になっていく感覚とか、そういうの。とにかく僕の原点であることは確かなんです」

 

 その横顔を見ながら計算してみた。現役生活26年として、年間9ヵ月間船上にいたとすると計234ヵ月、19年半。途方もない数字に、ぼくは一瞬、目眩を覚えた。

 

☆プロフィール

和田倫太郎(わだ・りんたろう):1965年、埼玉生まれ。国立鳥羽商船高等専門学校(三重県)を卒業、1985年に岡田商船株式会社入社。以降、現在に至るまで現役船員生活を続けている。

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